シンプルライフ

日本最古の西洋式ホテルに学ぶ、シンプルライフのコツ

現存する日本最古の西洋式ホテル「日光金谷ホテル」さんで、140余年にわたって続けられてきた「心地よい空間づくりのコツ」をお聞きしてきました。

金子 由紀子

執筆者:金子 由紀子

シンプルライフガイド

憧れ! ホテルのシンプルライフ

部屋1

昭和天皇が宿泊された別館の一室。窓からの景観が一幅の絵画

旅先で宿泊するホテルって、どうしてあんなに癒されるんでしょう! 自宅と違って、よけいなものが何もない空間、清潔に整えられたベッドや洗面所。「毎日これが続けばいいのに!」

今回は、現存する日本最古の西洋式ホテル「日光金谷ホテル」さんで、140余年にわたって続けられてきた「心地よい空間づくりのコツ」をお聞きしてきました。


日本を代表するクラシックホテル「金谷ホテル」

金谷ホテルの創業は1873(明治6)年。開国後急増した、日光を訪れる西洋人旅行者に対応するため、自宅の一部を「金谷カッテージ・イン」として提供したのが始まりです。

初期の宿泊者には、ヘボン式ローマ字の生みの親ヘボン博士、『日本奥地紀行』の著者イザベラ・バード、英国公使アーネスト・サトウなどが名を連ねています。
正面

本館正面。建築当初地階だった周囲を掘り下げて現在の一階とした


金谷カッテージ・インの、折り目正しく心のこもったもてなしは西洋人社会の評判を呼び、現在の場所(日光市上鉢石町)に移転して「金谷ホテル」として営業するようになってからは、一貫して日本を代表する西洋式リゾートホテルとして発展を続けてきました。


140年の歴史を聞いてきました

2017(平成29)年3月に修復成った東照宮陽明門の見学者でにぎわう日光。小高い丘の上に建つ金谷ホテルでは、観光から戻ったお客様がホテルのそこここでくつろいでいました。黒光りする重厚なロビーでは、若いスタッフがキビキビと働いています。

今回お話を伺ったのは、金谷ホテル支配人の平野さん、フロント・企画担当の関根さん。お二人とも、地元出身のベテランホテルマンです。
陽明門

東照宮陽明門をはじめとする文化財が居並ぶ日光



一度も火災を出したことのない木造ホテル

ガイド 東照宮のような格天井! 歴史を感じる素晴らしい建築ですね。
平野 この本館は、1893(明治26)年に建てられたもので、改修を繰り返しながら現在に至っています。
ガイド えっ、明治! では、120年以上も経っているのですか。
関根 当館は木造ですが、一度も火災を出したことがなく、当時のものを使い続けています。
ロビー

重厚な存在感のロビー。そこここに社寺建築のエッセンスが伺える


金谷ホテルと同時期に開業した西洋ホテルは、東京や神戸だけでなく、日光にも何軒もありましたが、多くは火災によって失われています。歴代のホテルマンたちが長年にわたり心を砕き、ホテルを守り抜いてきたことがわかります。


イザベラ・バードが驚いた! 明治から続く清潔さ

ガイド 長い間、国内外のさまざまなお客様を受け入れてこられるにあたって、大切にしてきたことは何ですか。
平野 とにかく古いですので、古い=汚いとならないよう、衛生面には非常に気を遣ております。同時に、お客様にとっては非日常を過ごされる場所なので、ホテルでの時間を楽しんでいただく演出も心がけております。
川

神橋のかかる大谷川。水に恵まれた町日光を象徴する


築120年を超える本館は隅々まで清掃が行き届き、歴史を感じる建築・什器も、よく手入れされて使われています。カッテージ・イン時代に宿泊したイザベラ・バードは、その清潔さについて書いています。
一つの縁側はよく磨かれている。玄関も、私の部屋に通ずる玄関も階段も同じである。畳はあまりにきめが細かく白いので、靴下をはいていても、その上を歩くのが心配なくらいである。
(『日本奥地紀行』第6信 高梨健吉訳、平凡社)
カッテージ・インは、西洋人から「サムライヤシキ」と呼ばれた純和風建築でしたが、バードを喜ばせた清潔感は、確実に現在のホテルに受け継がれているようです。
別館

別館の正面玄関は唐破風造。獅子や虎などの豪華な木彫がほどこされている


金谷ホテルの清掃の秘密

ガイド 客室の清掃はどのように行われているのですか。
関根 一人の者が一室すべてを清掃するのではなく、複数の担当者がそれぞれの分担区域を清掃します。ベッドメイクをする者、掃除機をかける者、水回りを担当する者、といった風に。複数の担当者の清掃時間をトータルすると、30分といったところでしょうか。
ガイド 清掃の具体的な手順は。
平野 ベッドメイクなどリネン交換はホコリが立つので、いちばん最初にやります。その後に掃除機が入ります。バストイレなど水回りは別工程で。当ホテルは温泉ホテルではないので、ほぼ全員のお客様がバスを使うため、水回りの丁寧な清掃が欠かせません。すべては、最終的にチェッカーがチェックしていきます。
デスク

テレビのボリューム、リモコンの位置、冊子類の重ね方……すべてを「元に戻す」


掃除とは「元に戻す」こと

ガイド 清掃のチェックリストのようなものはありますか。
平野 髪の毛が落ちていたら拾う、鏡に水はねがあれば拭く、テレビのボリュームを元に戻すなど、すべてはお客様が入られる前の「標準値」に戻す作業なんです。
ガイド チェックリストは何項目ぐらいあるのですか。
平野 項目は多岐にわたり、明文化されているものだけでA4の用紙数枚分になります。おそらく100近くになってしまうでしょう。ただ、それを全部機械的にチェックするのではありません。清掃の心構えは「自分の家のように」。廊下や玄関を歩きながらも、ゴミが目に入れば即拾う。自分の家だったらイヤだな、というものを一つひとつ取り除いていきます。
マントルピース

メインダイニングのマントルピースの上に飾られた木彫画の主題は「迦陵頻伽」(天女)


マニュアルより「身体で覚える」

関根 当ホテルの客室係には、この道50年という大ベテランの女性がいます。わがホテルの生き字引的存在で、我々も彼女に教えられました。
ガイド その方は、若い人にどんな風に教えていらっしゃるんですか。
関根 いちいち言葉で教えるというよりも、身体で覚えろ! 見て盗め! という明治時代のような教え方です(笑)。ホテルの隅々まで知り尽くしていますから、どうすればいいのか、身体に沁み込んでいるんでしょうね。

細やかだけれども、機械的ではない。金谷ホテルでは、従業員は「お客様が心地よく過ごせる“標準値”」を、マニュアルだけではなく先輩から学び、身体で覚えていくようです。
バー

本館一階のバー「ディサイト」(大谷石の学名)には本物の暖炉がある


ホテルの清掃を自宅に取り入れるには?

ガイド お客様を迎えるための清掃は、自分の家よりは気を遣うと思うのですが、逆にやりやすい点もありますか。
平野 複数の人間が分担して、各自同じ作業だけを行うので、効率化されている点ではラクですね。一般のご家庭では、主婦が一人ですべてを行うことが多いでしょうから、タイヘンですね。
ガイド ホテルの清掃で、一般家庭が参考にできる点はあるでしょうか。
関根 毎日すべてを完璧に行うのではなく、日によってポイントを決めて「今日はここ、明日はここ」といったように、重点的に掃除するといいかもしれませんね。
ガイド なるほど! そうやって「分担制」を一人で実行するんですね。
食器

メインダイニングに展示された歴代のカトラリーや食器類。中には貴重なものも


部屋をきれいに使う人の共通点は?

ガイド 客室をきれいに使うお客様の共通点ってありますか。
関根 部屋の使い方がきれいな方は、水を飛び散らせない方ですね。ただ、今は日本人のお客様も、西洋式ホテルの使い方に慣れていらっしゃるので、バスルームなども上手に使われています。
平野 ソファの前でテレビをご覧になっただけ、とか、ベッドで休まれただけ、という使い方ですと、清掃も簡単で済みますが、引き出しを全部使い、荷物を部屋中に広げるような使い方をされたお部屋は、全体を清掃する必要があります。でも、そういう方は逆に、滞在をうんと楽しんでくださったのだと思うんです。ホテルなんですから、贅沢に使っていただきたいですね。
フォーク

メインダイニングで使われているフォークには紋章が。ずしりと重い


自分の家でも同じことかもしれません。毎日を思い切り生きていれば、散らかるのは当たり前。散らかさないことよりも、「標準値」に戻していくノウハウが大切なのかもしれません。


家や家具を長く大切に使う

ガイド 金谷ホテルは、登録有形文化財に指定されています。古いものを保存し、使いつづけていくのは大変なことだと思います。建物や家具をどうやってきれいに使い続けているのですか。
平野 今あるものを大切に使い込み、こまめに修理しています。私どもには修繕専門の職人、大工も常駐しています。インテリアのリニューアルも時々は行いますが、基本的にあまり変えません。リピーターのお客様には、変わらない雰囲気を喜んでいただいていますし。

修理して長く使い続けるためには、ある程度元のものがよくなければなりません。一般家庭で参考にするなら、「思いつきで買わず、ほんとうに欲しいものをしっかり選ぶこと」。同時に、「修理して使い続ける方法を知っておくこと」が大切になるでしょう。
顔

平野さん(右)、関根さん(左)。金谷ホテルの伝統を受け継ぐホテルマン


急激な変化にさらされる時代にあって、古きよき時代の面影をとどめつつ、快適な滞在を提供するために、マニュアルよりも「人の目と手」で心地よさを追求する金谷ホテル。そのあり方は、普通の人のシンプルライフにも、大いに参考になるところがあると思いました。


日光金谷ホテル
栃木県日光市上鉢石町1300
電話0288-54-0001
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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