高円寺「サルトリイバラ喫茶室」で味わう極上の時間
高円寺駅から南側に伸びるパル商店街の横道を折れた一角。ひっそりと奥まった通用口の古めかしい階段を上がると、そこはクオリティの高い国産紅茶と、その味わいに寄り添う食事やお菓子が迎えてくれる極上の喫茶室。
読者の皆さまにもぜひ一人、もしくはこの静謐な佇まいを大切にしてくれる方と二人で、サルトリイバラ的宇宙の深淵をお楽しみいただきたく思います。
私がサルトリイバラ喫茶室を訪れたきっかけは、自家焙煎珈琲店「ねじまき雲」の店主からいただいた一通のメールでした。
「久々に新しいお店へ寄って感動したのでご紹介したい」という言葉の次に書かれていたのは、可憐な名前のそのお店が国産紅茶を中心とした圧巻の品ぞろえであること、おこわ料理がふっくら、もちもちとして美味しかったこと、店主はお茶や薬膳について造詣が深いこと、グリーンの落ち着いた内装が心地良いこと、駅からお店にいたるアプローチも物語的であること。
「ふと、この空間で紅茶を嗜まれる川口さんを妄想いたしました。お好きなスタンスではないかと思います」という文章に想像をかきたてられて、ぜひおじゃましたいと思ったのです。
ブリティッシュグリーンの壁に囲まれて
階段の先の小さな扉を開けると、渋い緑色の壁と大ぶりのテーブルが視界に入りました。建物は1975年前後に住居用に造られたもので、直前まで高齢のご婦人が一人で暮らしていたとか。
「人生の先輩として尊敬する方々がお見えになっても違和感のない空間にしたかった」と、凛とした佇まいの店主、中野木綿子さん。改装にあたって脳裏に浮かべたのは、学生時代から長く交流を続けてきた骨董店の女主人をはじめとした、敬愛する大先輩たちでした。
かつて台所だったスペースをそのまま厨房として活かし、壁を紅茶の国イギリスの伝統的ブリティッシュグリーンに通じる色へと塗り替えて、年配の男性が一人でふらりと訪れても様になる空間に仕上げました。
ハレの日のおこわ
メニューには優しい哲学が貫かれていました。紅茶は日本で無農薬栽培され、なおかつ生産者が真摯に栽培に取り組んでいる高品質なものを厳選。日本の風土から生まれる味わいとは何だろうか……そんな問いを潜めた料理やお菓子についても同様で、吟味した食材をきちんと手間をかけて調理し、身体への負担が少ない美味しさを楽しませてくれます。いただいたのは薬膳スープ+鶏おこわのプレート+紅茶1杯のセット。まず季節の食材を使った温かいスープが運ばれてくるのは、「最初に口にするものは温かいものであってほしい」という心遣いでした。
スープでおなかを温めながら、厨房でおこわが蒸し上がるのを楽しみに待ちます。この日のスープはブロッコリーとジャガイモをベースに、少量のサツマイモで甘みを添えていました。なめらかな舌触りの底から滋味が伝わります。
鶏肉や根菜をのせた、ふっくらしたおこわの美味しさときたら! 使われているのは自然栽培、天日干しの餅米です。あるお客さまがものも言わずに食べることに集中し、食べ終えるやいなやもう一皿を追加注文して平らげた、というエピソードがおこわの力を物語っていますね。ベジタリアン向けには豆のおこわもあります。
国際薬膳調理師としての薬膳の知恵を背景に、私たちの現在の暮らしを見据えたしなやかな提案。餅米に興味をひかれた中野さんは餅の文化史を紐解き、アジア各地でどのような餅料理が食べられているのかを調べたり試作を楽しんだりしてきたそうです。
「お店でおこわをお出しするのは、国産紅茶に合うというのはもちろん、古くからハレの日に食されてきた滋養性の高い縁起物だから。お客さまのお出かけがハレの日ではなくとも、当店をご利用いただく方々に、せめてもの心ばかりにという気持ちがあります。たとえその意味を誰も知らなくても」
進化のめざましい国産紅茶の中から、無農薬、高品質の茶葉を選んで
セットの紅茶は、食事を締めくくるにふさわしい清らかな香りでした。「縦に香るお茶」と、独自のユニークな表現でイメージを掴ませていただきました。「香りがすっと鼻に抜けていくと、縦に香るように感じます。反対に、ふくよかでコクのある紅茶は舌の上で横にひろがる印象があります」と中野さん。
お菓子とともにじっくり味わいたいポットサービスの紅茶は、国産紅茶に対する従来のイメージを覆す実力派の造り手の茶葉ばかりをセレクト。その中にはたとえば、奈良・月ヶ瀬で岩田さんが地域の風土を活かしながら自然栽培している在来種の紅茶があります。お茶の在来種とは、「やぶきた」などの品種が現れる以前から、その土地に生育していた茶樹のこと。
「多くの在来種の風味は良くも悪くも柔らかい。ここまでしっかりした輪郭を持つ紅茶は珍しいと思います」
その銘柄ならではの個性をまるごと楽しむために、ミルクを入れずに堪能しました。紅茶の香りを深々と吸い込んで花々や果実の印象を嗅ぎ当てようとするとき、呼吸は自然に深くなり、精神は今、この瞬間に集中しています。それこそがサルトリイバラ的宇宙への鍵。
さて、お店を初めて訪れた人は、豊富なラインナップからどの銘柄を選べばいいのでしょうか?
「愛知や熊本、南は沖縄まで、同じ品種でも生産者によっていろいろなアプローチがあります。どれが正解といった決まりはありませんので、お客さまご自身で少しずつお試しになりながら、お気に入りを見つけていただけたら思います」
お菓子は国産紅茶との相性を大切に
繊細な国産紅茶の風味を邪魔しないために、お菓子にも熟考が重ねられていました。定番となるのは国産ラム酒と黒糖で作る熟成ケーキと、オーガニックのニンジンに国産生姜が香るニンジンケーキ。どちらも洋菓子でありながら、どこか和菓子を思わせる要素を含んでいます。
マフィンなどイギリス発祥のお菓子にも薬膳の世界観が反映されており、日本・中国・英国の伝統がサルトリイバラ喫茶室の中で美しく融合し、店主の巧みな技のもとで独自の新しい魅力を生み出しているのを感じました。
メニューの根底にあるのは、自然食品輸入会社の勤務時代に抱いた疑問や、東日本大震災後、東京の食がいかに地方に支えられているかを痛感したこと。「仕方ない」という言葉では解消できないやるせなさ。
明治時代にさかのぼる国産紅茶栽培の歴史は、一度は忘れ去られ、近年新たに生産者たちの努力が始まったものです。そんな生産者たちを微力でも応援したいという願いも込めながら、あくまでゆったりとした喫茶店の身ぶりで国産紅茶の魅力を伝えています。
「お客さまがお店を出たときに、国産紅茶は意外と美味しかったなとか、こういう生産者もいるらしい、くらいのことが、ふわっと頭に残ればいいかなと考えています」と、微笑する中野さん。
カフェインを控えたい人には、国産のハーブを使ったお茶も3種類用意されています。こちらもまた自然栽培された、他ではなかなか味わえない珍しいものばかり。自宅に持ち帰ったホーリーバジルを添えられた説明の通りに抽出すると、独特の甘くスパイシーな香りが立ちのぼりました。
ひとときだけでもデジタル機器から離れて、たおやかな香りと味を自分の五感で楽しむために、サルトリイバラ喫茶室に足を運んでみてください。そっと心に触れてくるものがあるはずです。
Menu
日本各地の紅茶 各種 730円~国産の花茶(ハーブティー)各種 880円~
アレンジティー各種 700円~
お酒各種 700円~
おこわと紅茶1杯のセット(薬膳スープ付き)1180円
マフィンと紅茶1杯のセット(薬膳スープ付き)1180円
国産ラム酒熟成ケーキ 540円
有機ニンジンケーキ 560円
アイスクリン 紅茶ゼリー添え 660円(季節により内容価格変更有)
本日のおやつ 500~600円
shop data
サルトリイバラ喫茶室(さるとりいばらきっさしつ)東京都杉並区高円寺南3-46-2 2F
【TEL】03-6383-2826
【OPEN】12:00~22:00
【最寄り駅】JR高円寺駅より徒歩4分