人を恨む気持ちからどうやって脱却していくのか
裏切られたショックが憎しみに……どう脱却する?
「別れ」を突然つきつけられると、人は当然動揺する。そのときの心理はいろいろあると思う。裏切られたと感じ、その気持ちが怒りへと転換されていく人もいれば、自分の体の芯を通っていた「彼を好きだという気持ち」をぶったぎられた悔しさが悲しみへと変わっていく人もいるだろう。
同じ人でも、そのつきあい方や別れ方、自分の状況などによって感じ方も違うかもしれない。いずれにしても、ショックからどうやって立ち直っていくのか、人を恨む気持ちからどうやって脱却していくのか。そこが人としての勝負でもある。
ひきずったあげく、恨みへと走ると……
彼とのことをひきずって精神的にへこんでしまい、なかなか立ち直れなかったチエさん(32歳)。今、別れて1年半たったという。2年つきあって結婚の話も出ていたのに、と当時を生々しく振り返る。
「どうしても新しく好きになった女性と一緒にやっていきたいと土下座され、泣く泣く別れました。当初は眠れない食べられないで、心療内科に通って……。
半年くらいたってだいぶ落ち着いてきたころ、彼と彼女が繁華街を歩いているところを偶然、目撃してしまったんです。そこからまた気持ちが動揺しましたね。ふたりの笑顔が頭に焼きついて離れない。彼は私と一緒にいるとき、あんな笑顔を見せただろうか。そう考えると悔しくて」
一気に彼への恨みつらみが沸いてきた。そうしなければ、彼女自身が潰れてしまっていたかもしれない。そう考えると、恨みはある種の防衛本能なのだろうか。
「彼への恨みはあったけど、最初はそれを直接彼に向けることができませんでした。結局、彼女に嫌がらせのメールをしたり、彼女の会社に怪FAXを流したり……。『この女は男好き、サイテー』とPCで文面を作って、コンビニからFAXしたんです。でも何の反応もなかった。そうなると、ますますイライラして彼女が親と住んでいる自宅ポストに同じ紙を入れてきました」
何度も何度も嫌がらせをした。ついに彼から電話があった。悪いのは自分だ、彼女を攻撃するなと言われ、チエさんの気持ちは振り切れてしまう。
「彼の会社に乗り込んで彼を呼び出し、受付近辺で大声を出して騒いでしまって。自分を止められなくなっていました。警備の人に止められるまで暴れ続けたみたいです。あんまり記憶がないんですが。
結局、彼に『どうすれば納得してくれるんだ』と言われ、『納得ってなに?』と。ああ、私は納得していないから暴れてるのかと他人事のように思ったんです」
別れてから1年、ひとりで苦しみ、さらに嫌がらせをしてもっと苦しくなっていた。「納得」を強いてくる彼をさらに恨んだ。
救ってくれた母のひと言
母の一言で、帰るところがあると気づいたチエさん
そんなとき、娘の様子が変だと察した母親が、故郷から出てきた。母とふたりで数日を過ごしたあと、帰り際に母がひと言。
「つらかったらいつでも帰っておいで。私はチエの笑った顔が好きだよ」
そのときチエさんの体の中から、「どす黒い何かが出ていった」感覚があったという。帰るところがあるという意識が、彼女をどん底から救った。
「恨みの感情は怖いです。自分がどんどん浸蝕されていく。気づいたら全身全霊で彼と彼女を憎んでいた。そうなると顔つきも変わりますよね、きっと。母を見送ってひとりの部屋に帰ってきたとき、鏡を見たんです。剣のある顔をしていました。こういう女、イヤだなと思った」
「人を呪わば穴ふたつ」という。人を呪って殺せば自分も殺されるから、掘る穴はふたつになるという諺だ。他人を呪う自身の感情は、自分自身に戻ってくる。人を恨んだり妬んだりしたら幸せになれるはずがない。
もちろん、そんなことはわかっているにもかかわらず、ネガティブな感情に引きずられてしまうのが「恋の終わり」なのかもしれない。
自分を苦しめていたのは自分
少しだけすっきりしてから数ヶ月。今の彼女は、彼のことを気にしない日も増えてきているという。「私は彼と彼女に苦しめられたと思っていたけど、私を苦しめていたのは自分の感情なんですよね。理屈としてはわかるけど、気持ちがついてこなかった。今は友だちや仕事に支えられながら、なんとか立ち直ろうともがいているところです」
恋愛は、片方の気持ちが終わったら関係自体が消滅するもの。それでも「恨み」の気持ちが燃え上がってきたら、その感情に乗らないようにするしかない。
「あっという間に自分が取り込まれるんですよ、恨みの気持ちに。恨んで何かことを起こしてしまうと、あとはエスカレートしていく。もっとひどいことをしてやりたい、もっと痛めつけてやりたいと思うようになるんです。自分の負の感情にブレーキをかけられるのは自分しかいかない」
チエさんはしみじみとそう言った。恋で苦しみ、そこから這い上がった人は強く優しくなることができるはずだ。