有田焼というと、白地の磁器に繊細な絵や模様が施されたもの、というイメージがありますが、実際にはもっと多様で、各窯元によって様々な特徴があります。今回は、一般的なイメージの有田焼とは一味違う特徴を持ちつつ、日常使いができて、普段の暮らしに楽しめる器を作る3つの窯元「陶悦窯」「今村製陶 JICON」「作家・山本亮平さんの窯」を訪ねてみました。
生地から絵付けまで一貫して制作、14代続く「陶悦窯」
生地を作るところから、全ての作業を一つの窯元で行う。
陶悦窯は14代続く歴史の古い窯元です。初代は現在の佐世保市三川内山にて製陶を始め、二代目の1641年より平戸藩御用窯となります。廃藩置県後は海外との貿易により、伝統技術を継承しつつもコーヒー碗など西洋の生活を視点とした新しい商品の開発に取り組みました。
1963年の12代目より窯場拡張のため有田町に窯を移し、茶道具を中心に製作。13代目より国内外で活躍の場を広げ、14代目に至る現在も、新しい有田焼を表現すべく常に挑戦を続けています。
ろくろ作業時に、器を形作るための道具(木の部分で形を作る)がずらり。
今回、窯のご説明をして頂いたのは14代当主今村堅一さんの奥様、今村美穂さん。窯の中を案内していると、未だに新しい発見があり、現場にいることにワクワクするのだそうです。従業員は20人程、分業制が多い有田焼の中で、生地から上絵まで全て一貫して同じ窯元内で行なっているのはなかなか珍しいことであり、そこが強みでもあります。
代々、陶土や釉薬を自社開発することに力を入れており、150種類ほどの釉薬を保持しているそうです。ガス窯が5台あり、素焼き用1台、本焼き用4台がローテーションしながら常時フル稼働しています。毎日夕方までに目一杯窯に詰め、16時間かけて1300℃まで温度を上げて焼き上げます。幅広い技術力を持っていることも、この窯元の特徴の一つ。様々なオーダーにも対応しています。
鋳込み用の型。細い穴が開いており、上からソースのように生地が流れ込んで、型を埋める。
鋳込みを行なった後、流し込んだ細い穴を埋める緻密な作業。
これから窯に詰め込まれる器。きっちり隙間なく詰め込むよう、パズルのように整然と積み上げられている姿が美しい。
繊細な絵付けの作業。女性も多く働いている。
陶悦窯の器は、一般的にイメージする白磁に染付の有田焼とは一味違った雰囲気があります。すっきりしたフォルムでモダンな印象がありつつ、渋みのある風合いの黒い器が多いのも特徴的。金、銀を上品に加えて、シンプルな味わい深さがあり、日常にも使いやすく、料理にも和洋問わず合わせやすいです。今村さんのご家族は、普段自宅でも8割がたは自社の器を使い、サンプルなども試して使い勝手を研究しているそうです。
陶悦窯の器。若い人にも使ってもらいたい、と当代自らもデザインを考案している。
今現在、窯元で器の販売はしていないのですが、訪ねてくる人や問い合わせが多いので、いずれショールームを作りたいと思っているそうです。有田焼400年のイベントでは、各地で陶悦窯の作品を見ることができます。販売情報はwebサイト等でご確認下さい。
■陶悦窯
佐賀県西松浦郡有田町南原甲778
0955-42-3464
http://www.touetsugama.com
有田焼に新しい風を送る、今村製陶「JICON(ジコン)」
今村製陶は、2014年より新しく立ち上がった窯元です。今村という名前からふと気づくように、代表の今村肇さんは、かつて携わっていた陶悦窯から独立。陶悦窯の当代は、今村さんのお兄さんに当たります。比較的規模があり、ある程度の生産量を持っている陶悦窯に対して、こちらはこぢんまりとした個人経営の窯元。ほぼ今村さんと奥様の麻希さんの家族二人で運営されています。有田のメインストリート沿いに店がある。古い建物も多く、町歩きが楽しい。
有田の古い街並みの中にある、元は母親の実家だったという古民家の直営店を訪ねると、そこに漂う静謐な空気にすっと背筋が伸びると同時に、心静まり穏やかな気持ちになります。先ほど陶悦窯は黒い器が多いと書きましたが、一方でこちらは白一色。古陶磁のような、ニュアンスのある独特の雰囲気を感じさせ、温かな風合いの「生成りの白」です。ここも、いわゆる一般的な有田焼のイメージとはやや違った雰囲気。
今村さんは陶悦窯時代に、釉薬の調合担当としてあらゆる色を扱い、まさに色出しは得意だったそうですが、その中でも白というだけで15,6種類もの色があったそうです。実は白は一番難しい色でもあり、JICONではあえてそこを突き詰めました。このなんとも柔らかく自然で風雅な質感は、JICONだけの唯一無二のもの、と今村さんも自信を持っています。
店内の様子。元のままを活かし、あまりいじっていないとのこと。
ちょっと休憩できるよう小上がりのようなスペースもあり。ランプは新作。
JICONとは、漢字では「磁今」と書き、「今村家が作る磁器」という意味と、仏教用語である「爾今」から「今を生きる」という意味を重ねています。各地の地場産業と共に活動する手工業デザイナーの大治将典さんと二人三脚で立ち上げたブランドです。大治さんと出会ったことで、有田焼を新たに見直したことはもちろん、自分の人生においても考え方が変わった、と今村さんは言います。
まず何といっても驚いたエピソードは、大治さんがJICONで最初に作りたいと言ったのが飯碗だったこと。
「飯碗なんて、どこのメーカーでも作っている、もう散々やり尽くされた商品なのに、あえて一番ベーシックなものを持ってくる大治さんの男気というか、腹の決め方に感動しました。デザイナーに頼んでいるのに、めっちゃ普通じゃん、って(笑)。嬉しい驚きでした。この人はやっぱり変わっている、一味違うなと信頼を抱きました」
そうやってできた飯碗は、今でも一番好きな商品だそうです。
最初に作ったという飯碗(左上)と、そのとき一緒に作った面取りの器。
大治さんの考え方が自身の生き方にまで大きな影響を及ぼしたという今村さん。それまでは、売れるもの、見栄えのするものを開発しなければと思っていたそうですが、大治さんと出会って、ものづくりの本質に気付かされました。自分が本当に欲しいものを作ろう、それでごはんが食べられれば幸せ、と思うようになったそうです。
店の奥に工房がある。窯は三日に一度は焚いている。
工房の一角に自分の好きな陶片や古物を飾っている。左端は古伊万里の油つぼ。
「今までデザイナーというと“先生”として見ていましたが、それにちょっと居心地の悪さも感じていました。大治さんは一緒にやっていく同志、パートナーという関係です。大治さんに、“好きなものを作ればいいよ”と言ってもらえたことで、ずっとモヤモヤとしていた気持ちが、すーっと紐解けたような気分になりました。また、大治さんには有田焼の昔のものを掘り起こし、そこから現代の日常の暮らしに使いたいものをもう一度見直す、という作業をして頂きました。そのおかげで、今まで有田にどっぷり浸かって見えていなかったものが見えてきたんです。有田焼を改めて素直にすごいと思ったし、その魅力を再発見できました」
今村肇さんと奥様の麻希さん。店は主に麻希さんの担当。
JICONの直営店は誰でも気軽に訪ね、器を買うことができます。古く味わいある町並み散策の途中に、ぜひ立ち寄ってみて下さい。
■JICON(じこん)
今村製陶 町屋 (直営店)
佐賀県有田町岩谷川内2-4-13
0955-43-4363
http://www.jicon.jp
有田焼の原点を探る作家「山本亮平」
有田には、個人で活動する作家もいます。山本亮平さんは東京出身の陶磁器作家で、かつては笠間の窯元で働いていた事もありますが、磁器を基礎からみっちり学びたいと、有田窯業大学校にやってきました。そこで有田の魅力に惹かれ、そのまま居ついてしまったそうです。
「有田は遥か昔からの陶磁器の産地。原料も近くにあるし、器に対して関心の高い人が多い。有田焼という文化は、ものすごく分厚い土台の上に成り立っていて、それが身近に感じられる。本当にすごいことだと思います」
工房の様子。きれいに整えられた空間。
だいぶ昔にも山本さんの作品を手にしたことがありましたが、以前はややモダンでヨーロッパ的な風情もある、すっきりとしたシンプルな白い器でした。しかし最近見る山本さんの器は雰囲気が違います。より原始的な、もっと本質に迫ったもののように感じます。
山本さんの工房のすぐ近くには、有田でも最も古く大規模な窯場の一つである天神森窯跡があります。そこには今もたくさんの陶片が落ちていて、古唐津や初期伊万里など、400年前のものを見つけることもあるといいます。この地に根付いて、古い陶片と出会い、有田焼の奥深さを知るほどに、その原点を探求することに没頭し始めたという山本さん。当時の人がそこにあるものを使って、できる限りの技術を駆使し、どんな想いで器を作ったのか。その興味は尽きません。
山本さんは原料から見つめ直し、様々な文献を調べ、先人からの教えを請いて、想像を巡らせ、有田焼の本質に少しでも近づけるよう、技術の再現を試みています。
工房のすぐ近くにある、有田最古と言われる窯跡へ。公園になっていた。
窯跡の周りは今もたくさんの陶片が落ちている。
「技術とは右肩上がりに進歩するだけではない、と感じています。有田焼の本当の初期に、素晴らしいものが作られていて、それは今の作り手にはできないものだったりする。例えば初期伊万里のいいところは限りなく一体化していることなんです。原料の土、形、絵付け、全てに無駄がなく納得のいく、自然な流れでできている。今でも白い石の原料を自然の中から探すのは難しいから、昔の人は見つけた時にさぞや嬉しかったことだろうと思いますし、当時の窯は1200℃そこそこしか温度を上げられなかったから、そういう限界の中で、どこまで丈夫にきちんとしたものを作るか、貴重な薪をいかに少なく効率よく焚くか、など、当時の陶工達が試行錯誤しながら最良と思ってやっていただろうことを、その時の気持ちを想像し、自分でも実際に試してみることで、表現の可能性が広がっていきました」
山本さんが譲り受けたり、工房の庭から出て来た陶片。これを見て素材や形を研究する。
庭には原料となる石もごろごろ。これも山本さんが昔の人の気持ちに添ってあちこちで探してきたもの。石を細かく砕くところから作業が始まる。
絵付けをするときは奥様のゆきさんも作業に加わります。ゆきさんは同じく有田で学び、伊万里鍋島焼の窯元で3年ほど、絵付け師として働いていました。そのときはきっちりときれいに描くことが重要でしたが、初期の伊万里はちょっとムラがあったり、はみ出したり、そういった揺らぎのある表現に味わいがあります。(それは稚拙なのではなく、そう意図した描き方ではないかと山本さんは推測しています)。その風情を表現しつつ、ゆきさんの描くのびのびとした自然で柔らかい筆さばきは、器に優しく花を添えています。
山本亮平さんと奥様のゆきさん。二人三脚での作業。
小さな器の中に、壮大な歴史とロマンを感じさせる山本さんの作品。展示などのお知らせはHPを参照下さい。
■山本亮平
http://yamamotoryohei.com
有田焼とは、そう一言ではまとめられないくらい、その特徴は様々で、代々と続く伝統をしっかりと今に継承する窯元、そこから新たな試みに挑戦する窯元、また山本さんのように他の地域から来て、有田焼の原点に立ち返ろうとする、ユニークな試みの窯元もあります。有田の情緒ある古い街並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、器の店も多数あるので、気ままに散策しながら、自分だけのお気に入りを見つけるのも楽しいと思います。有田焼創業400年を迎え、今後ますます盛り上がっていきそうな有田の街。実際に歩くと、また新たな発見がありますので、ぜひ訪ねてみることをお勧めします。
■有田観光協会「ありたさんぽ」
http://www.arita.jp
※街歩きの参考に、情報満載です。