糖尿病

膵島移植の鍵を握る謎のホルモン「アミリン」

ブタからの異種膵島移植の試験が日本でも認可されたというニュースがありました。ブタからの膵島移植なら計画的に行えるのでドナー不足に悩むことがなくなるという論評が多いようですが、鍵を握るホルモン「アミリン」についても知識を深めたいところです。詳しく解説します。

執筆者:河合 勝幸

ついに始まる「バイオ人工膵島」研究

豚

ブタの膵島を免疫隔離膜のカプセルに入れて移植する「バイオ人工膵島」の研究が始まります(画像はイメージです)

ブタの膵島を免疫隔離膜のカプセルに入れて移植する「バイオ人工膵島」の研究が始まります。脳死や臓器提供者からのヒト膵島移植は北米を中心に既に行われていますが、巨額な費用に見合うまでの成果を挙げているとは思えません。1999~2009の10年間にわずが453人が北米で手術を受けたにすぎません。膵島移植を受けてインスリン注射から開放された1型糖尿病患者の4人に3人が、2年以内にまた程度の差こそあれインスリン注射が必要になってしまうからです。患者自身の免疫細胞による、移植したベータ細胞の排除もあるでしょうが、非免疫性のベータ細胞のアポトーシス(自死、プログラム死)が重要な役割を果たしています。移植したベータ細胞が少なくなってしまうのです。

2型糖尿病における膵島の形態学的な特徴は、少しずつ進行するベータ細胞のアポトーシスと膵島アミロイドの蓄積です。動物実験ではヒトの膵島をネズミに移植すると、本来は2型糖尿病にならない動物なのに急速に膵島アミロイドが形成することが確かめられています。つまり、ヒト膵島移植で、糖尿病ではないドナーからの膵島提供を受けても、何らかの作用で移植された膵島のベータ細胞に急速に膵島アミロイドが蓄積して、まるで進行した2型糖尿病のベータ細胞のようになってしまうのです。本来、ベータ細胞は長生きの細胞なのですが……。

ところがブタの膵島を他の実験動物に移植すると、とても長命なのです。ブタではベータ細胞を破壊するアミロイドが形成されません。だから丸々と太ったブタはメタボ(インスリン抵抗性)にはなるけれど、2型糖尿病にはならないのです(意外に思われる方が多いのではないでしょうか)。分かっている限りでは2型糖尿病になる動物はヒトとサルとネコだけです。その理由の大体の見当については「イヌは1型糖尿病」「ネコは2型糖尿病」記事で解説しましたので、ご興味のある方は合わせてご覧ください。

ブタからの異種膵島移植が持つ可能性とは…

このブタからの異種膵島移植の試験が日本でも認可されたというニュース。ブタからの膵島移植なら計画的に行えるのでドナー不足に悩むことがなくなる、という論評ばかりのようですが、もう一つ大きな秘密が隠されています。ブタのベータ細胞は壊れにくいのです。

特にブタの新生児の膵島移植が有望視されています。まだ臓器の外分泌細胞が発達していないので膵島分離が容易で、母胎から切り離された直後の低酸素状態、低栄養状態、高血糖状態を乗り越えるために全身の細胞がオートファジー(自食)の緊急事態モードに入っているので移植への耐性が特に強いのです。更に幼少期の膵島は、成長と共に増殖する能力を備えていますから、最初のインスリン分泌は弱くても次第に正常血糖値になっていくという研究もあります。

さて、壊れやすいヒトのベータ細胞と、丈夫で長持ちするブタのベータ細胞のどこが違うのでしょうか? それはベータ細胞がインスリンと一緒に作って分泌している謎のホルモン「アミリン」にありました。アミリンを構成する37個のアミノ酸に、ヒトとブタでは10個の相違があるのです。インスリン(アミノ酸50個)ではヒトとブタの相違はわずかに1個です。

アミリン(Amylin=IAPP 膵島アミロイドポリペプチド)の発見

まだ糖尿病の原因がどの臓器にあるのかわからなかった20世紀の初め(1901年)に、米国のオピーが糖尿病で死亡した17歳の少女の膵島(ランゲルハンス島)を調べたところ、無構造のガラスのようになっている硝子様変性を発見しました。

糖尿病が膵島の傷害であることをつきとめたのはこのオピーです。細胞内にあるガラス状の物質については19世紀半ばに病理学者ルドルフ・フィルショウ(独)が発見していて、デンプンと同じように染色できることからデンプンに因んでアミロイド(デンプンに似たもの)と名付けましたが、1859年にはタンパク質と同定されています。しかし、19世紀や20世紀初頭の知識や技術ではアミロイドの解明はほとんど不可能で、糖尿病との関係はいつの間にか忘れられてしまいました。

1986年、スウェーデンのUppsala大学病院でインスリノーマ(インスリンを分泌する膵島ベータ細胞腫瘍=インスリン分泌が止まらなくなってしまう)の7匹の犬から新しいホルモンが発見されました。なんと、ベータ細胞から未知のホルモンがインスリンと同時に分泌されていたのです。この研究リーダーのPer Westermarkは医学博士ですが、米国から参加していたTimothy O'BrienやKenneth Johnsonらはミネソタ大学(米)の獣医学の博士達です。

新発見にはよくあることですが、ほぼ同じ頃に、オックスフォード大学(英)のGarth Cooper博士らが糖尿病患者や非糖尿病の人の膵島から同じホルモンを発見し、アミノ酸配列まで解明しました。当初は「糖尿病関連ホルモン」とかIAPP(膵島アミロイド・ポリペプチド)、アミリンと呼ばれましたが、今日では欧州ではIAPP、米国ではアミリンと言うケースが多いようです。

ここで初期の研究者の名前を挙げたのは、彼等が今でもアミリン研究のトップランナーで、ネットの検索では必ず目にする人達だからです。G.Cooperは相変わらずアミリン研究に熱中していますし、T.O'Brienは当初から一歩距離をおいたクールな立場です。私は1991年にアミリンの発見を知ってから関連ニュースを興味をもって読んできましたが、アミリンが何のために分泌されているのか、どんな作用を持つのかはっきりと解明できないまま話題性を失ってしまったように思います。不思議な事に今になっても謎のままなのです。

アミリンから膵島アミロイドへ

先進国では国民の高齢化が進み、タンパク質の老化現象であるアルツハイマー病のアミロイドベータ、2型糖尿病の膵島アミロイドの研究が注目されています。なんとか治療法を見つけなくてはなりません。アミロイドというのは老化などによってタンパク質同士がくっついてしまって(架橋反応)、不溶性の、分解できる酵素のない物質になってしまったものを言います。例えばコラーゲン同士がくっつけば皮膚が固くなってシワができます。これを元に戻すことは出来ません。同様に膵島ベータ細胞の中でアミリン(IAPP)同士がくっついて小さなアミロイド・オリゴマーになれば、ちょうど年代物の赤ワインの澱(おり)のようなものになって、ホルモンを運ぶ輸送小胞の膜から抜けだしてミトコンドリアに侵入し、アポトーシスのスイッチを入れてしまうという構図が描けます。これはほぼ間違いありません。アミロイド・オリゴマーの毒性は、生体膜を破って細胞小器官に侵入して細胞の活動を止めてしまうことにあると考えられています。

従来は、ベータ細胞や脳の神経細胞の外側に大きなアミロイドが形成されているので、それが細胞の機能をブロックすると考えられていましたが、今ではアミリンが連結したオリゴマーが細胞毒性が強いことが分かっています。

膵島アミロイドが2型糖尿病の病因か?

実はまだはっきりとした答えは出ていません。

2型糖尿病患者の90%に膵島アミロイドがあるというのは事実なのですが、20%以上の高齢者にも膵島アミロイドがあり、その人達は生涯にわたって正常な血糖値で過ごせます。

このことは膵島の数(100万個ぐらいが標準)が母体の栄養状態に応じて個人によって大きく異なるという栄養エピジェネティクスによってかなりな説得力を持って説明できるようになりましたが、必ずしも2型糖尿病の全体像を語っているとは思えません。

まだ正体のわからないホルモン「アミリン」は、2型糖尿病がなぜ発病すると少しずつ進行するのか?を説明するミッシングリンクの発見だという意見がありました。このあたりについては今後の記事で詳しく触れていきたいと思います。
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