「イヤイヤ期」の「自己主張」は健やかな成長の証
こうした「イヤイヤ期」のお子さんを前に、「数ヶ月前までは、あんなに育てやすい子だったのに・・・」、そう途方に暮れてしまうこともあるかもしれません。それでも、「イヤイヤ期」の「自己主張」とは、子供が健やかに育っている「証(あかし)」。それまで漠然としていた「自分」という感覚が芽生え、少しずつ「自我」が育まれる大切な成長過程です。
例えば、「ルージュテスト」という実験があります。幼児の顔にルージュを塗って鏡を見せると、18ヶ月前の幼児ならば、見知らぬ他人を見ているかのように眺めるといいます。それでも18ヶ月を過ぎた頃には、50パーセント近くの子が、鏡に映った自分の顔を拭い始めます。「あ、『自分』の顔に赤いものがついてる」そう分かり始めるのです。
こうした「自我の芽生え」と共に、2歳3歳児といえば、身体的にも様々な動きができるようになり、行動範囲が広がることで、「好奇心」や「探索心」も一気に高まる時期です。とはいえ、まだまだ幼児。社会的な「ルール」については、よく理解できません。そこで、周りとの衝突も頻繁に起こってしまいます。
では、その後の人生の土台となる「健やかな自我」を育むために、そして、ママやパパの「消耗度」を減らすためにも、どんな対応をすればよいのでしょうか?
「イヤイヤ期」が存在しない文化から学べることとは?
「イヤイヤ期」は、英語では「魔の二歳(Terrible Two)」と呼ばれ、英語圏の親の間でも、子育てする上で最も子供に手を焼く時期の一つととらえられています。ですから、「イヤイヤ期」とは、人類に共通の「普遍的な発達段階」かのように思われることがあります。それでも実は、世界の様々な文化をのぞいてみると、「イヤイヤ期」というものがない文化もあるのです! 例えば、グアテマラのマヤ文化(*1)やアフリカの狩猟採集文化(*2)です。そこで研究者が、「なぜこれらの文化では『イヤイヤ期』がないのだろう?」と調べてみたところ、興味深いことが分かっています。例えば、マヤ文化では、幼児が何かを欲しがった場合、年齢がより上の子の方が、たとえ遊んでいる最中だとしても、すぐに手渡すといいます。周りの大人も、「順番に遊ぶのよ」などと幼児を諭すことはありません。またアフリカのアカ族の間では、幼児が好奇心を持って周りの物事を探索するのは良いことだと捉えられています。幼児が槍など危ないものに触ったとしても、すぐに取り上げるのではなく、大きな怪我をしない程度に好きにさせてやるといいます。
これらの文化では、「2歳や3歳の子に言って聞かせようとしてもまだよく理解できないのだから、できるだけ好きなようにさせてやりましょう」といった大らかな目で、コミュニティー全体が幼児を見守っていると報告されています。つまり、幼児に社会的な「ルール」をきちんと守ることを期待しないならば、幼児の「自己主張」と「周り」との衝突も、起こり得ないというわけです。
もちろん、異なる文化をそのまま、「ルール」の張り巡らされた日本や西洋社会へと適用することはできません。それでも、ヒントになるとは思いませんか? 幼児に求めることを少し見直してみることで、幼児の「自己主張」と衝突する回数も減るかもしれません。幼児に期待することが、「多すぎ」たり、その子にとって「難しすぎ」はしないでしょうか?
まずは、「イヤイヤ期の幼児に求めること」を見直してみましょう
お友達と初めから終わりまで玩具を仲良くシェアして遊ぶ食事を終えるまで席から立たない
お皿のものを全て平らげる
静かにしないといけない公の場に長時間じっとしている
これらは、赤ちゃんからようやく一歩を踏み出したような幼児にとっては、あまりにも「難しすぎる要求」になり得ます。また幼児によって発達のペースも異なりますから、この子はすんなりできたとしても、あの子には無理ということもあるでしょう。
まずは、「自分と周りが危ない目に合うことをしない」という「最低限のルール」から始め、その子に合ったペースで、少しずつ社会的な「ルール」を身につけさせてやりましょう。
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