ただ感じるままに。素直な心で大拙の世界観に触れる
鈴木大拙館は大きな建物ではありませんが(むしろ小ぢんまり、という表現がぴったり)、「玄関棟」「展示棟」「思索空間棟」の3つの棟と「玄関の庭」「水鏡の庭」「露地の庭」の3つの庭から構成され、各棟は建物の中と外に作られた回廊で結ばれています。順序通りに進んでいくと、自然に大拙について知り、学び、考えるように設計されており、玄関棟から胎内くぐりを彷彿とさせる細長く、照明を抑えた薄暗い内部回廊を抜けると、まず最初に辿りつくのが大拙の書や写真が配されている展示空間。
一般の美術館やギャラリーと違って、鈴木大拙館ではどの展示品にも解説はおろかタイトルすら表示されていません。
大拙の思想に基づき、来館者それぞれが先入観に囚われず自由に感じてもらうためで、モダンアートでも見る人に自由に解釈してほしいと敢えて何も説明していない作品がありますが、それに通じるものがありますね。
展示空間の奥は学習空間で、所蔵されている大拙の著作、鈴木大拙館を掲載した雑誌のほか、備え付けのiPadで大拙の映像・ラジオを視聴でき、大拙の思想や考えについてじっくり学べるようになっています。
正面に大きく切り取られた窓の外には路地の庭が広がっており、豊かな木々と風流な石垣に彩られた静寂の空間は心が洗われるばかりか、読書にしろ勉強にしろはかどること間違いなしです。
時を忘れて魅入ってしまう、動と静が織りなす無何有の庭
展示棟を出ると目の前に現れるのが施設の中で最も広く作られた水鏡の庭。鈴木大拙館最大の見所と言っても過言ではない庭は、ただそこにいるだけで大拙が説く「全宇宙」が感じられるよう。浅く水が張られた水盤に周りに生い茂る樹木や青い空、美しい建物が映りこんでいるさまはどこまでも静謐で穏やか。定期的に発生する波紋やそよぐ風が立てるさざ波、葉擦れの音は肌に心地よく、時間の流れが空間の中に溶けだしていくような錯覚に陥ります。
「美は過去も未来もなく、唯、現在あるが故に、いつも生きているのだ」という大拙の言葉通り、動と静が混然一体となり、一瞬を閉じ込めた絵画のようでいて、その実すべてが脈打っている世界。
金沢を象徴する時間や季節の移ろいを感じさせる景観を創造しながらも、大拙の世界観を見事に具現化した設計者の谷口氏の鮮やかな手腕にはただただ脱帽です。「それになりきってそのほかのことを考えない」で静かに庭と向き合ってください。