雑貨/ハンドクラフト・工芸

馬喰町から日本文化を世界へ「組む 東京」

小さなギャラリーやショップ、アトリエ等がビルの中にぽつぽつと潜んでいるユニークなエリア、馬喰町。その路地裏に静かにオープンした「組む 東京」をご紹介します。

江澤 香織

執筆者:江澤 香織

雑貨ガイド

外観。入り口の木は紅葉の一種である青鴫立沢(あおしぎたつさわ)

全面窓の気持ち良い外観。入り口には紅葉の一種である青鴫立沢(あおしぎたつさわ)の鉢を飾っている。


 「組む 東京」を初めて訪ねたときに感じたのは、あまりにも穏やかで清々しい、場の空気。天井が高く、白を基調とした自然な色使い、大きな窓、という建物の造りもあるけれど、でもそれだけではない。田舎の小さな教会を訪れたような、凛としていながら和やかで心が落ち着く、優しい居心地の良さがありました。

店内の様子。設計はatelier etsukoの山田悦子さん、家具は木工家の橋本裕さん。

店内の様子。設計はatelier etsukoの山田悦子さん、什器は木工家の橋本裕さん。丸テーブルとスツールは大治将典さんのデザインで松田創意さん制作。


ここは、ショップ、ギャラリー、コミュニティ・スペース等の機能を持ち、国内外のものづくり、手工業の交流拠点となる場として、志を同じくする仲間が“組み”ながらつくる場を目指しています。代表でキュレーターの小沼のりこさん、デザイナーの大治将典さん、海外との橋渡し役であるディストリビューターのまつおたくやさん、ブランディングディレクターでウェブデザイナーの木口和也さん、の4人が核となりスタート。「組む」という名前は、大治さんと木工家・橋本裕さんの着想から生まれました。長い間倉庫だった建物を1年以上時間をかけてリノベーション。60年間蓄積した荷物の片付けは果てしなく、何度もめげそうになりながらの作業だったそうです。

ガラスと植物のオブジェがずらり。

造形の異なる、ガラスと植物のオブジェがずらり。博物館のようです。 10¹² TERRAs制作。

植物が入ったガラスのオブジェ。前回展示していたRARI YOSHIOさんとのコラボ作品。

タンポポの綿毛が入ったガラスのオブジェは、前回展示していたアーティスト、RARI YOSHIOさんと 10¹² TERRAのコラボ作品。


1Fの入ってすぐは、期間で変わる様々なアーティストやデザイナーの企画展示スペース。私が訪れたときは、「STORY OF 10¹² TERRA」というタイトルで、植物と組み合せたガラスのテラリウム等を制作するアーティスト・10¹² TERRAの全ラインナップが展示されていました。(展示はもう終了しています)。また、奥の販売スペースでは、大治さんの今まで制作したプロダクトの主なブランドの全ライン揃う他、小沼さんが独自にセレクトしたアーティストやデザイナーの商品も展示・販売されています。

大治将典さんがデザインした商品は全ラインナップ揃う。

FUTAGAMIの真鍮の道具や、有田の磁器JICONなど、大治将典さんがデザインした商品はほぼ全ラインナップ揃う。

RARI YOSHIOさんの草花のオブジェや、作家・Huskの滝下達さんの電球をリメイクしたオブジェ。

RARI YOSHIOさんの草花のオブジェや、作家・HusKの滝下達さんの電球をリメイクしたオブジェなど。

山崎淳子さんの糸を編んだアクセサリー。

山崎淳子さんのブランド「JEUJYEI」のコットンレースのアクセサリー。


今回お話を伺った小沼のりこさんは、京都で美大を卒業後、イギリスの大学でキュレーションを学び、家業である中川ケミカルにCSデザインセンターを設立。自社の展示やブランディング、クライアントの空間演出のコンサルなどを行っていました。中川ケミカルの運営するビル「MATERIO base」内にあるギャラリーの企画運営も行っています。一時期は仕事から離れて主婦をしていたこともあるという小沼さんですが、不思議と自分の回りにはいつも、ものづくりに関わる人が集まっていたそうです。

「気付くと自然にそういった人たちに囲まれていて、自分でもなぜだろうと思っていました。これはもう、私のナチュラルな特技かもしれない、とだんだん思うようになってきて。彼らはそれぞれ素敵なものづくりをしていて、もっともっと広く紹介したいな、という思いがいつもありました。それが、この場所が生まれる原動力になっています。自分の不思議な特技を生かせるなら、よい“場づくり”をすることが今後のテーマです。」

2階はパーティーやアーティストトークなど、イベント時に開放される。

2階はパーティーやアーティストトークなど、イベント時には開放される。同じ感性が集まり、その場で生まれる交流も多い。壁には 10¹² TERRAのフラワーベース。


4月にオープンし、まだ間もないですが、確かにここでは、人にまつわる小さなミラクルが日常にちょくちょく起こっているのだそうです。例えば、会いたかった人が何も知らずに来てくれたり、会わせたい人同士がうっかり繋がったり。意外ないい出会いがあって、不思議な偶然の起こりやすい場所。なぜかそのとき必要な人を引き寄せる磁場があり、テレパシーみたいにピピピッとお互いに感知する。このように書くと嘘のようだけれど、私自身も実感を得ることがありました。この場独特の空気感は、ある種の人達にはとても強く響くのかもしれません。小沼さんには、そういう場を作る不思議な力があるように感じます。

さて、そんな小沼さんの学生時代の様子を伺ってみました。大学では日本美術史を専攻し、様々な寺社を訪ねるうちに、日本の伝統、精神に強く惹かれ、どんどんのめり込んでしまったそうです。ついには京都市立芸大の大学院へ進み、京都に住んでさらなる探求を続けました。

「古い屏風だったり、庭造り、茶室、仏像など、ありとあらゆるものを観倒すという時代がありました。その頃の自分にはそれほど深い知識はなかったけれど、日本の文化が素晴らしいということはよく分かったんです。京都で体験したことが、今の自分の全ての基礎だと思います。また、美術や工芸品などがこの場、この土地のために作られていたり、生まれてきた意味というものに興味が湧きました。例えば、キラキラの金屏風はそれ単体を博物館に飾って愛でるよりも、本来置くはずだった日本家屋の暗い部屋で、庭の池のきらめきが映ることによって、そのものが持つ魅力が引き出される、ということに気付かされたり。その瞬間の場、生きた空間全体が大事だと思うようになりました。自分もそんな場作りをやりたいと思ったんです。」

ふと床を見ると地下室への明かり取りが。これは建物に以前からあったもの。ガラスの質感がきれい。

ふと床を見ると地下室への明かり取りが。これは建物に以前からあったもの。昔ならではのガラスの質感がきれいです。


当時はみんな海外に憧れを抱いていた時代。なぜ日本?と回りにはいぶかしがられたそうですが、小沼さんは、日本文化はこんなに素晴らしいのだから、自分は世界にその良さを伝えたい!世界の人と共有したい!という思いに繋がっていったそうです。

そして小沼さんは自らの意志を貫き、今度は海外へ飛び立ちます。イギリスへ留学してキュレーション学を学びました。

「日本美術史の世界では、ひとつのものを虫眼鏡でじっくり観察したりする。一方、欧米のキュレーションは全体を編集して見せるやり方。それがやってみたくてイギリスへ行きました。でもいざ留学してみたら、日本文化を勉強したことはものすごく役立ちましたね。海外の人達は、日本人の考え方にみんな興味津々。例えば、一概には言えませんがヨーロッパ文化圏のクラスメイトは自然にシンメトリーに、比較的密度高く展示するけれど、日本人の自分は余白やアシンメトリーを意識する傾向がある。それぞれの良さを議論しあうことによって、お互いに気付きがありましたし、自分が今まで見てきたものを、さらに深堀りするような体験を得ることができました。今では普通に使われているワークショップ、キュレーション、パブリックアートなんていう言葉も当時の日本では一般的ではなかったし、そのときに学んで得たことは大きかったと思います。」

中川ケミカルの前身は大八車を作っていたそう。ひいおじいさんが着ていたという法被が大切に飾られていた。

中川ケミカルの前身は大八車を作っていたそう。ひいおじいさんが着ていたという法被が地下の部屋に大切に飾られていました。


日本を深く探求すると同時に海外へも目を開く、ということを実体験してきた小沼さん。「組む 東京」には最近海外からのお客さんも増えてきているそうです。これからは、より分かりやすく、自分がリアルに感じている日本文化の良さを海外にしっかり伝えて行きたい、と小沼さんは話します。

「留学時代、散々異文化に触れてきました。違う国の人が十数人も同じフラットに住んでいて、常識も価値観も全然違う。でもそこにすごい魅力があった。英語で言うと、ファッシネイティングという感覚。その体験から、食べ物や言葉、習慣など、異質なものを持ちながら、それをお互いに認め合い、リスペクトし合って、共存しながら生きていきたい、という思いに繋がりました。それがこの場所の本当の、密かなる目的かもしれません。」

看板のロゴは、デザイナーの大治将典さんが考えた。

ロゴは、デザイナーの大治将典さんが考えた。フラッグの帆布は倉敷帆布が制作。


最後に、一緒に運営しているデザイナーの大治将典さんの存在についても伺ってみました。
「大治さんとは、彼がまだあまりプロダクトを作っていない頃に出会い、それ以来、家族ぐるみの付き合いです。その頃はまだ形になったものはあまりなかったけれど、“何か”を持っている人という魅力がありました。”何か”というのは、一言でいうと”自分を信じる力”のようなものかな。妻子もあって、周囲は心配してましたが(笑)、私はいずれどうにかなるから、全然大丈夫だと思っていました。熟すのには、なんでも一定の時間がかかるものだから。私から見た大治さんは、ある時期から、彼が元来持っているものの表現の焦点がギューッと合っていき、世界中の人々がそれに気づくようになったという感じ。素材を生かす、温故知新の物作りの中には、日本人のDNAを強く感じて、同時に世界とつながっている。それが私が大切にしている価値観と響きあっていたので、彼の手掛けたものを紹介していきたいと思うのは、自然なことでした。」

その他にも、実はここには書ききれないほど小沼さんと会話をし、ほぼ小沼さんの半生を聞いてみたり、深い想いを伺ってみたりして、改めてこの空間に立つと、その醸し出す穏やかな空気の理由が少し分かったような気がしました。偶然の小さなハッピーに出会えるかもしれないこの場所へ、ぜひ出掛けてみて下さい。


組む 東京
東京都千代田区東神田 1-13-16
tel 03-5825-4233
http://www.kumu-tokyo.jp
※ 営業日・時間等はHPをご参照下さい。
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※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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