雑貨/ハンドクラフト・工芸

陶芸家・伊藤環さんの工房訪問と新プロダクト

気品ある静謐さをまといながらも、シンプルで日々の暮らしに使い勝手のよい器を作る伊藤環さん。世界一と評されるデンマークのレストランnomaが日本上陸時に使った器にも、伊藤さんのものが選ばれていました。今回、岡山の工房を訪ね、伊藤さんの新しい活動であるプロダクト制作についても伺ってきました。

江澤 香織

執筆者:江澤 香織

雑貨ガイド

 2006年に三浦半島の工房を取材させて頂いた陶芸家の伊藤環さん。それまで伊藤さんは福岡で長く作陶しており、拠点を移して東京での活動を始めたばかりの頃でした。そして現在は岡山に住居と工房を移し、制作を行っています。工房は岡山市内ではありますが、海に近い川沿いの、自然が多くのどかなところでした。以前の工房があった三浦半島も海の近くでしたが、伊藤さんは水の近くが好きだそうで、気持ちが落ち着くんだそうです。

工房の回りの風景。夕日が沈む様子もきれいでした。

工房の回りの風景。夕日が沈む様子もきれいでした。


今回工房へ行くきっかけとなったのは、二子玉川のうつわ屋さん「KOHORO(コホロ)」を訪ねたことでした。そこでは、東京では初おひろめとなった、伊藤さんが新しくプロデュースするプロダクトライン「1+0(イチタスゼロ)」が展示されていました。江戸~明治の日本の「陶工」と呼ばれる職人が生んだ良品の魅力を、時代を超えて改めて提案する、という試みでした。

伊藤さんがプロダクト??とちょっと不思議な気持ちになりましたが、このシリーズは、伊藤さんはプロデューサーとして制作こそしないものの、実際に作っているのは工房の近くに住んでいるという、たったひとりの陶工さん。全て手作りであることには間違いがなく、また伊藤さんがかなり綿密に制作指示を出しているとのことで、ひとつひとつ丁寧な工程があり、それぞれに精巧な配慮が施されています。なのにプロダクトということでお値段は良心的。自分のブランドとして世に出す以上、自身がとことん納得のいくものでなければならず、妥協はできないから、という伊藤さんの強い意志を感じる商品でした。

KOHOROで行われた「1+0」の展示風景。

KOHOROで行われた「1+0」の展示風景。シンプルできちんと設計通りに作られた、プロダクトを意識したかたちですが、よくよく見ると手作りのささやかな揺らぎがあり、釉薬のかかり方も微妙に違います。


KOHOROで話を伺うにつれ、伊藤さんの現在の工房をどうしても訪ねてみたくなりました。岡山での暮らしと制作について、そして新しく始めたプロダクトラインについて、伊藤さんに改めて色々とご質問してみました。


Q:岡山に拠点を移してものづくりをすることで何か変化はありましたか?

仕事のペースはあまり変わらないのですが、都会の風が吹いている三崎(以前の三浦半島の工房)とは違い、季節感のある景色と穏やかな土地柄の影響を全身で受け、どんなに忙しくても気負うこと無く、等身大でいる事が出来ているように感じます。歳のせいでしょうか?


Q:今いる土地の良さはなんですか?

終の住処と思っていた三崎から苦渋の決断をして、震災を機に、岡山の地に辿り着いたのですが、今思えば来るべくして来たのだと思います。岡山には瀬戸内海から蒜山高原に繋がる風土豊かな土地でした。何より食材の素晴らしさには目を見張ります。その恵に引き寄せられ新天地として岡山に移り住むものづくり(の作り手)が増えているようです。美味しいもの好きの私のようなものづくり達が岡山を選ぶ事は自然な事かもしれません。都会に必然性がなくなった事を象徴的に現す時代の現象だと思います。個人的には備前という歴史のある窯業地である事は、今後の仕事にも反映するかもしれません。宝の山(土)が足下に眠っているのですから。

工房の中の様子。ここに座ってロクロを引いています。

工房の様子。ここに座ってロクロを引いています。

工房の回りは公園で、窓からは蒼々とした緑が眺められます。

工房の回りは公園で、窓からは蒼々とした緑が眺められます。


Q:プロダクトを始めようと思ったきっかけは?

実は以前から考えていました。岡山に移ると偶然にも近所に陶芸家の知人がいた事が大きかったと思います。有り難い事にギャラリーや様々な方からお仕事のお話を頂く機会に恵まれ感謝するばかりですが、実際にはすべてのお話にお応えする事は難しくなり、熱い想いにお応え出来ないジレンマを感じておりました。

そんな想いと期待にお応えする為に、質の高いプロダクトを作る事は必然だったと思います。それと、以前に体調を崩したり怪我をしたりして手が止まり、生活に支障をきたし苦労した事がありました。つまり生産がゼロになるということは、周りの方にご迷惑をお掛けする事になり、家族も生活が出来ないということです。プロダクトがあることで、自分自身の仕事にも余裕が生まれ、幅が広がるのではないかとも期待をして始めました。ところが、実際は想いを陶工に伝える事は想像以上に難しい事でした。


Q:伊藤さんが考えるプロダクトとは何ですか?

プロダクトの印象は機械生産で同じ物を型を使って効率よく大量生産する様に思われますが、私のプロダクトはその真逆と云っても良いかもしれません。やきものが庶民に使われ大量に作られだした江戸時代の器には、魅力的な仕事をしたやきものが沢山あります。当時の名も無き陶工たちが半農半陶生活の中で、安い賃金で無心で作った骨太のやきものは、自分の志の指針でもあります。そんな質の高い仕事をプロダクトとして現代でも出来ないかと考えました。

私がデザインしたものを職人が作るのですが、仕事の流れとしては、普段の私の仕事と全く同じ行程で、一つずつロクロで作り、釉薬を一つずつかけ、焼き上がったら高台や表面をヤスリを使って磨いていきます。この地道な手作業が器に命を宿し、大切に使って頂けるものだと願って手を動かすのです。効率や生産性は全く良くはないのですが、良い物を産み出す為にはこの方法しか思い浮かびませんでした。自分が活動するギャラリーなどの色んなものづくりの舞台でも恥ずかしくない、上質なプロダクトが出来ないかと試行錯誤しながら作っています。

器がぎっしり詰まった棚の一角。試作品もたくさん。

工房の一角には、器がぎっしり詰まった棚がありました。試作品もたくさん。


Q:プロダクトの難しさ、そして面白さとは?

プロダクト=既製品ではなく、焼き物の世界では窯元の仕事がこのプロダクトに当たるのではないかと考えています。私も実家の職人として10年程勤めましたが、やはり親方とは手グセが違い技術の差もあり、全く同じ様にはいきません。それは昔の陶工も同じだと思います。窯跡からの発掘品の中には似た形でも明らかに技術の差を感じる物が作られていた事が分かります。でも、その1点1点の揺らぎが実に健康的でたくましく、魅力的なのです。今作っている器が5年後10年後には技術的にも勢いのある活き活きとしたロクロさばきであり、更に質の高い魅力的なものになればと常に考えています。私の考えるプロダクトは常に進化しなければいけないと思っています。やはり人が作る物ですから。


Q:今回発表したプロダクトライン「1+0」で、伊藤さんがこだわった点は?

人の手のぬくもりが伝わるプロダクト、ということでした。まずは私の定番だった子供のための器をプロダクトラインで展開する事から始めました。それは少しでも子供のために私が作るよりも価格が手頃である事を願いましたし、初めて使う器は上質な物を使って頂きたいと考えたからです。その為には材料はケチらず、土は普段私が使っているものを選び、釉薬は天然の材料を使うべきだと思いました。チャイルドプレートは縁に返しを作る事で、スプーンで食事をする子供でも食べ易くなっています。離乳食期には子供を片手に抱っこしながら親はもう片方の手でスプーンを子供の口まで運んであげる事が多々ありますが、そんな時にこの器の返しがあることでストレス無く食事をする事が出来ます。

皿のサイズは0歳児からでもお使い頂けるように3サイズ考えました。色はお母さんのお乳のミルク色をイメージしました。チャイルドシリーズのお皿は熱い物が冷めやすい様に底を広めにしています。それと子供の為のご飯茶碗は高台を広くすることで手に持つ安心感が得られると思います。子供の器と云いましたが、もちろん大人も一生お使い頂く事は出来ると思います。

それから次に、もっとも食卓で登場する6、7、8寸のお皿を作りました。日本人の食生活を考えて、和でも洋でも受け止める懐の深いお皿というのがコンセプトです。カレーライスなんかは、最後の米一粒まですくえると、より器に愛着が湧くものです。子供の器もそうですが、立ち上がりに返しを作る事は型物では難しいのですが、実はロクロでも地味ながらも、意外に技術的に高度な技が要求されます。やはり人の手ならではの技がプロダクトと云いながら結果的に見せ場となり、魅力の一つになっているのではないかと思います。そこは、ここまでやらないと作る意味が無い、という私のこだわりでもありました。

お皿は、縁の返しの部分に細やかな配慮があります。スプーンで追いかけることなく、きれいにすくえる快感はやはり嬉しいもの。

「1+0」のお皿は、縁の返しの部分に細やかな配慮があります。スプーンで追いかけることなく、きれいにすくえる快感はやはり嬉しいもの。


Q:次の課題としてマグカップを作りたいという話をしていましたが、その後何か方向性は見つかりましたか?

マグカップの仕事は私個人としてライフワークのようなもので、日々その難しさと面白さに自問自答を繰り返しています。「1+0」では気分でコロコロとデザインを変える訳にはいきません。改めてマグカップの難しさを痛感しているところです。いくつかラインナップは考えていますが「1+0」は慌てずにじっくりやろうと思っていますので、自分でも「焼きもち」を焼く様なマグが出来ればと思っています。

工房にはものすごいたくさんの数のマグがありました。まだ紆余曲折中だというマグたち。実際はこの5倍くらいデザインしているそうです。

工房にはものすごいたくさんの数のマグがありました。まだ紆余曲折中だというマグたち。実際はこの5倍くらいデザインしているそうです。


Q:伊藤さんが今後やりたいことは何ですか?

一番難しい質問です!まず、「1+0」の事で云いますと、子供の器を考えたので次は大人の器を作りたいと思います。大人の器って、漠然としていると思いますが、日常の和食器を考えています。食器棚からついつい手が伸びる器というのは作家冥利につきますが、一番難しい事でもあります。食卓に寄り添うものが作れたらと思っています。個人的には色々あります…それは現実味が出て来たら、ご覧頂ける機会を作りたいと思っております。

伊藤環さん。工房にて。

伊藤環さん。工房にて。


ひとつひとつの質問にとても誠実に答えて下さった伊藤さん。2015年7月17~22日(金~水)は、「エポカ・ザ・ショップ銀座」にて個展があります。常に試行錯誤を繰り返し、作りたいものを着実に徹底的に追求していく伊藤さんの真摯な志が、器のディティールに静かに表現されているように思います。ぜひ、お出かけ下さい。


伊藤環HP
http://itokan.com
取り扱い店舗や今後の展示の情報などがご覧頂けます。
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※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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