バブル崩壊で自宅も競売にかけられ……

億単位の借金からどう立ち直ったか

億単位の借金からどう立ち直ったか

「どんな人生を送りたいですか?」。そう問われたら、あなたならどう答えるでしょうか。もしも考え込んでしまうなら、マネープランをもう一度組み直したほうがいいかもしれません。なぜなのかをファイナンシャルDr.(ドクター)の北川邦弘(きたがわ くにひろ)さんが、その理由をこんな風に紐解きます。(第3回目のインタビュー『お金ドクターが伝授「浪費が減るたった1つの方法」』から続きます)

――現在、お金の専門家“ファイナンシャルDr.”として活躍なさっていますが、13年前には、億単位の借金を抱えていらしたとか。

北川邦弘さん
 自分の狭い経験の中で、“これしかない”と盲目的に突っ走ってしまった。当時は余裕がなくて、自分のビジョンを持つとか、自分の頭で考えるといったことができない状態でした、今思うと、知恵や見識が足りなかったのだと思います。 

――バブルの頃でしょうか。

北川
 そうです。バブル期にどんどん土地を買ってホテルやビルを建てたのですが、バブルが崩壊して売れなくなってしまった。結局、自宅は競売になり、預貯金はすべて差し押さえられました。ある朝、起きたら通帳の残額が全部ゼロになっていたんですね。

――差し押さえで、預貯金がゼロに…。

北川
 借金が全部個人保証だったから、債権者は裁判所に届け出て、差し押さえる権利がありますから。いきなりゼロになった。うちには3人の子供がいて、ちょうど学費がかかる時期でした。崖っぷちから落とされたような気分でしたね。

――壮絶ですね…。どうやって返済したのですか?

北川 
生きるためには、とにかくなんでもやろうと、昔の友達などから、不動産の仲介やアドバイスの仕事をもらったり、いろんなことをやりました。でも、ようやくお金が稼げるようになってきた頃、僕の恩人に「そんなブローカーみたいなことは辞めて、もっと安定した他人から認められる仕事をしなさい」と諭されたんですね。当時の僕は、食べていくのに必死でそんなことを考える余裕すらありませんでしたが、恩師のアドバイスが心に響いた。それで、人の資産管理をしてお客さんと継続的に付き合っていく仕事を専業にしたいと考え、投資アドバイザーとになったのです。

――マインドセットしたわけですね。

北川 それまでやっていたブローカーのような仕事は、どんなに儲かっても一回やったら終わり。また新しいお客さんを探さないといけません。でも、今やっているのは、FPとしてお客さんの人生に関わりながら長く付き合っていく農耕型の仕事です。相手にも喜んでもらえるし、自分にとっても誇りの持てる仕事で、生きがいになりました。

――それにしても、借金を抱えながら3人のお子さんの学費を払っていくのは、大変だったのでは?

北川 
学費が払えたのは、投資のおかげですね。どん底の時に、なけなしのお金をかき集めて、投資信託で国際分散投資をしたんです。それが2003年。ちょうど日経平均株価がどん底の頃でした。

――良いタイミングで買われたのですね。仕込み時を見計らったのですか?

北川 いえ、そんな余裕も知識もありませんでした。投資のアドバイスを生業としていくのだから、まず自分がやらなくてはと必死でした。結果的に2~3年で大きく育ち、子供の学費が捻出できたんです。それでアメリカに行ってFPを生業にしている人に会ったところ、僕と全く同じような投資をしていて、なおかつ何百人の顧客を持ち、彼らの人生設計にアドバイスをして報酬を得ていた。それを見て、「こんな風になりたい」と思ったんですね。これが自分のビジョンを決めるきっかけになり、今に至るわけです。

★次はインタビュー最終回、格差時代を生き抜くお金と仕事の必須スキルとは?


教えてくれたのは……

北川邦弘(きたがわ くにひろ)さん
オールアバウト資産運用ガイド、CFP。総合商社不動産デベロッパーを経て、現在は独立系ファイナンシャル・アドバイザーとして会社設立。人生戦略全体のトレーナー・コーチとして活躍する。ベストセラー『なぜ貯金好きはお金持ちになれないのか?』や『定年までに資産1億円をつくる ロスジェネ世代家族持ちへの新マネー戦略』など著書多数。オールアバウトマネーにて『大人のお金 トレーニング講座』も好評連載中。

取材・文/西尾英子

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