最近の風潮を嘆く
獣医師として懸念するのは、「ワクチンは獣医師の稼ぎのドル箱である」「ワクチンはいたずらに動物に苦痛を与えるだけである」「ワクチンによる免疫は長期にわたり低下しない」などの説が検索のかなり上位に上がっていることです。これらの意見に賛同する人が多いのは、諸般の事情で「これ以上ペットにお金をかけたくない」という飼い主の考えが同調して、アクセスが多い結果となっていると思われます。人は自分を正当化する意見を求めたがるものです。「ワクチンの費用がかかる」と思っているときに、こうした意見は大変耳に心地よいものに聞こえるのかもしれません。
ペットを飼うのは社会的行為
もしあなたが全く隔離された条件下でペットを飼育しておられたら、ワクチンを打たずに一生過ごさせることができるかもしれません。しかしそうした飼い方はなかなかできないものです。特に都市部においてはほとんど無理です。例えば散歩です。犬が排泄する場所はどうしても同じような場所になってしまいがちです。他の犬の排泄物の臭いをかいだりもします。犬同士の挨拶がわりの接触もあります。
また、旅行中にペットホテルに預ける場合はどうでしょうか? ケージを消毒し、清潔にしているホテルなら安心ですが、繁忙期はいろいろな犬が出入りします。その中に伝染病にかかっている犬がいるかもしれません。
ワクチン不要論には、公衆衛生的見地が抜け落ちているのです。犬や猫を飼うことも社会的行為であるということをぜひ考え直していただきたいのです。
ワクチンで得られる免疫
上記の批判のうちで、一番気になるのは「ワクチンによる免疫は長期にわたり低下しない」という意見です。ワクチンによって作られる免疫力には、個体差があります。免疫力とはすなわち抗体を作る力と考えていただいてよいかと思います。抗体とは、細菌やウイルスと戦い、からだを守ってくれる物質です。抗体はリンパ球の一種であるB細胞の産生する糖タンパク分子で、特定のタンパク質などの分子(抗原)を認識して結合する働きを持っています。抗体は主に血液中や体液中に存在し、例えば、体内に侵入してきた細菌・ウイルスなどの微生物や、微生物に感染した細胞を抗原として認識して結合します。
抗体が抗原へ結合すると、その抗原と抗体の複合体を白血球やマクロファージといった食細胞が認識・貪食して体内から除去するように働いたり、リンパ球などの免疫細胞が結合して免疫反応を引き起こしたりして、身体を病気から守るのです。
一回のワクチン接種で長く免疫力を持ち続ける個体もありますが、早く免疫力が低下する個体もあり、その状態は抗体値を測ってみなければ判らないのです。
ワクチン接種のしくみ
現在、混合ワクチンの接種は、犬で生後1か月から3~4か月の間に1ヶ月間隔で2~3回接種をします。その後は1年に1回の追加接種行っています。猫も同様な接種方法で、生後2ヶ月以上経って接種、最初は3週間間隔で2回接種し、その後は1年に1回の追加接種をするという方法です。これは批判にあるような「獣医師が稼ぐため」という理由ではなく、抗体値の変動を測定し、多くのデータを集めた結果として導き出されたものです。最初は2回ないし3回の接種で抗体値を安定させ、その後低下する前に1年に1回接種を行うという方法が現在最もよい方法であると考えられているのです。
「私の犬(または猫)はワクチンなしでも全然病気にかからない」と主張される方もありますが、それはたまたま伝染病の細菌やワクチンに触れる機会にめぐり合わずに済んだだけなのかもしれません。