保健師/保健師とは

「恒久救済」から保健師の仕事の奥深さを知る<書評>

恒久救済とは読んで字の如く、期間を限定しない救済のことです。聞きなれない言葉かもしれませんが、本書では森永ヒ素ミルク中毒事件に焦点を当て、その被害者救済に関わった保健師たちの姿と理念が紹介されています。健康に問題のある人が目の前にいたとき、保健師がどう関わり、何をすべきなのか考えさせられる内容です。

西内 義雄

執筆者:西内 義雄

保健師ガイド

森永ヒ素ミルク中毒事件が題材

森永ヒ素ミルク中毒事件とは、1955年に起こった乳児用の粉ミルクによる中毒事件のことです。製造過程で使われていた安定剤のひとつにヒ素が混入していおり、それを粉ミルクに入れて出荷してしまったことで、およそ1万2000人余りの乳幼児たちが中毒症状(130人が死亡)を起こしてしまいました。

これにより、発熱や下痢など同様の症状を訴える乳児が西日本で増え、不審に思った岡山大学が原因を突き止め、厚労省に報告したことで事件が発覚したのです。その後、すぐに国が主導となり患者の追跡調査が行われました。当然のことながら親たちは製造元の森永乳業に対し「治療費の全額負担と後遺症に対する補償」を求めました。しかし、国は被害者7000人弱の検診はしたものの、1年後にはほぼ全員の治癒を宣言してしまい、補償を求める親たちの不安を押さえ込む形で一旦幕引きされてしまったのです。

とはいえ、体の弱い乳児がヒ素を飲んだのに簡単に治癒するはずがありません。成長段階でさまざまな症状が出てきます。そして1968年、大阪の養護教諭が自分の学校に森永ヒ素ミルク中毒事件により肢体不自由になったと主張する子どもがいたことが気になり、当時知り合った大阪大学の丸山博教授(衛生学教室)に相談したことがきっかけで、あらためて被害者の訪問調査が実行されることになりました。

その結果は翌年1969年の日本公衆衛生学会において、67人の訪問調査のうち50人に異常、つまり後遺症があることが明らかにされました。この発表は「14年目の訪問」と呼ばれ、強引に治癒したと決め付けられ、何の補償もしてもらえなかった被害者を救済する大きな役目を果たしました。

調査にたずさわった人たちのリアルな話

本書「恒久救済」では、その経緯や実際に訪問調査にたずさわった養護教諭や保健師たちの姿、事件発覚当時から地道な活動を続けてきた「岡山県森永ミルク中毒の子供を守る会」のこと、発表を受けいち早く被害者救済に動いた京都府と京都市の動き、さらに事件後に被害者の恒久救済にたずさわっている「ひかり協会」のことなど、多方面から公害と被害者救済について触れています。

公害救済のモデル「恒久救済」 発行元:せせらぎ出版

公害救済のモデル「恒久救済」 発行元:せせらぎ出版

いずれも当時の活動に尽力した人たちへのインタビューを行い、リアルな話がいくつも紹介されています。中でも興味深かったのは、当時の保健師(保健婦)たちが被害者の訪問調査に尽力したところです。それは単に頑張ったという話ではなく、公務員としての矛盾と、看護専門職としての使命感が複雑に絡み合っていたことが分かります。つまり、

一旦国が治癒を宣言しているのに、なぜわざわざ訪問調査などするのか?
おまえは公務員なのに、お上に逆らうつもりなのか? 

そんな圧力が上司や周囲からあったわけです。もしかしたら調査を行うことで職を奪われるかもしれないという不安、目の前で苦しんでいる人がいるのを見過ごすことができない専門職としてのプライド。両方が交じり合い、苦悩しての活動だったことがよく分かります。


保健師の仕事を考えるうえで役立ちます

A5サイズで70ページ弱のボリュームです。1時間もかからずに読み終わってしまうことでしょう。しかし、本書に込められているメッセージは実際のページ数以上に熱く、保健師、そして保健師を目指す人にとって得るものが大きいと思います。

恒久救済という考えは、森永ヒ素ミルク中毒事件のことだけでなく、今現在日本にある他の問題にも大きな影響を与えるものです。例えば、福島の原発問題。放射線による被害は国もあやふやなまま「影響はない」といい続けているが、本当にそうなのか。実際に福島県で子育てをしている親たちの気持ちを考えると、そこで保健師がどう活動していくべきなのかを考えるきっかけにもなることでしょう。宇都宮で行われた2014年日本公衆衛生学会の自由集会においても、本書に大きく関わっている徳島大学の岩本里織教授が「保健師による生存権を護る活動について考えよう」において、この話題を取り上げていました。

なお、同様の恒久救済モデルは他にもあり、広島や長崎では県や市に原爆による被爆者を援護する部署があり、そこで活動している保健師たちがいます。保健師とは母子や成人などを対象とした基本的な業務のほか、このような分野にも関連するのだということを、本書から理解していただければ幸いです。


※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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