話題の小説から、「現実にはいないのに、存在感がある」と思える魅力的なキャラクターをご紹介。今回取り上げるのは、若竹七海『さよならの手口』(文春文庫)。13年ぶりに復活した探偵、葉村晶の活躍を描いたミステリです。
13年ぶりに人気探偵が復活! 若竹七海『さよならの手口』
葉村晶(はむらあきら)。国籍・日本、性別・女。30歳以降の十数年は長谷川探偵調査所と契約するフリーの調査員だった。40代の現在はMURDER BEAR BOOKSHOP(殺人熊書店!)というミステリ専門書店でアルバイトをしている。ある日、古本を引き取るため廃屋で作業していた葉村は、床下に墜落。酷い悪臭に満ちた暗闇に頭から突っ込み、堅いものにぶつかって、気絶してしまう。頭突きした「堅いもの」とは、人間の頭蓋骨だった。葉村は病院のベッドの上で白骨死体の謎を解く。同じ病室に入院している元女優は、20年前に失踪した娘探しを彼女に依頼する。怪我と病気で半分ぼろぼろの状態であるにもかかわらず、葉村は調査を始めるが――。
主人公というものは、たいてい受難を与えられる。それにしても、ここまでやる? というくらい、葉村はひどい目にあう。仕事はできるし冷静なのに、トラブルばかり引き寄せるのだ。なぜか。他人の、特に女性の頼みを断るのが苦手で、一度何かを調べ始めると真相をつきとめるまで追いかけずにはいられないから。
今回も余命いくばくもない元女優が娘に会いたいという気持ちを邪険にできなかったために厄介な相手に弱みを握られ、さまざまな人間の悪意を掘り起こし、心身ともに痛めつけられる。が、葉村はどんなことがあってもへこたれず、常にユーモアを忘れない。
例えば、かぶるタイプの細身のシャツを着たはいいが、関節が曲がらなくて脱げなくなったとき、呪いの言葉を吐きながらじたばたと大暴れして、
「人間四十をすぎたら着られない服がある。見た目や若作りというレベルではなく、生物学的に」
と思うところ。しみじみと可笑しい。筆者も40代になって思うように身体が動かず、ただ風呂からあがろうとしただけなのにバスタブでつま先を強打して腫れ上がったことがある。加齢はツラい。でもちょっと面白い。30代のときよりも体力は衰えたが、味わい深くなった葉村。これからもきっと新たな魅力を見せてくれるだろう。
名作ミステリのガイドブックとしても秀逸な1冊。前作を読んでいなくても楽しめます。