虫垂は「無用の長物」ではなく「無用の用」
研究により虫垂の有用性がわかってきました
「虫垂炎」といえば、一般に「盲腸(炎)」と呼ばれる手術の対象になることが多い腹部救急疾患です。ときに腹膜炎や敗血症など重篤な合併症をきたす可能性があります。「それならば虫垂を早めに取ってしまった方がいいのでは」と思いませんか?ところが虫垂は重要な役割を担っていることが明らかになってきたのです。
体に必要ない組織と考えられてきた虫垂が腸に免疫細胞を供給し、腸内細菌のバランスを保っていることを大阪大学の武田潔教授らのグループがマウスによる実験で明らかにしました。武田教授は「腸内細菌のバランスが悪くなると食中毒も起こしやすい。虫垂をむやみに取らない方が良い」と話しています。
そこで今回は、現在明らかになっている虫垂の働きと、虫垂炎の原因、症状、そして治療方法を解説いたします。
虫垂とは
虫垂は盲腸からぶら下がっている芋虫のようなものです
虫垂は、ウサギや馬などの草食動物で発達しています。消化しにくい植物を盲腸の微生物の力を利用して発酵させ、栄養分などの有用な物質に変換させ取り入れるためです。肉食動物はないか、あっても非常に小さなものになっています。人間は雑食であり、盲腸は小さい方です。
虫垂には、リンパ球がたくさん集合しているリンパ小節がたくさんあります。最近では、免疫に関与する働きが注目されてきています。
虫垂は炎症を起こして急性虫垂炎となった際に適切な処置をしないと、腹膜炎や敗血症など重篤な合併症を起こすことがあります。
虫垂炎とは
虫垂炎は手術の対象になることが多い疾患です
虫垂炎の原因
細菌説、アレルギー説、ウイルス説などがありますが、明確にはされていません。虫垂の中に便の塊(糞石)などが詰まったり、リンパ濾胞の増生などにより、虫垂根部が狭窄または閉塞して感染を起こすことで虫垂炎を発症すると考えられています。虫垂炎の症状
胃やへその周りが痛んでいたのが、徐々に右下腹部へ移動する「疼痛の移動」が有名です。消化管の収縮、伸展、けいれん、拡張などによって起こる内臓痛は、痛みの部位が明確でなく、胃やへその周りを中心としたお腹全体の鈍痛となります。お腹全体の鈍痛(内臓痛)から炎症が腹膜まで波及すると、右下腹部の限局性の鋭利な痛み(体性痛)へと変化していきます。吐き気や嘔吐、発熱などの症状も多く認めます。虫垂炎の検査
- 血液検査:炎症を起こしているので白血球やCRPなどの炎症所見が高くなります。
- 腹部X腺検査:盲腸付近に限局した小腸ガスを認めることがあります。
- 超音波検査:腫大した虫垂や壁の肥厚を描出できれば診断が可能です。糞石や腹水の有無なども確認します。
- 腹部CT検査:腫大した虫垂や糞石の有無などを確認します。また、虫垂炎以外の疾患を鑑別するのにも有用です。
虫垂炎の診断
小児の虫垂炎は、訴えが明確でないため発見が遅れることがあります
- 高齢者の虫垂炎:高齢者は全体的に感覚が鈍くなっているので、虫垂炎の訴えがあいまいなことがあります。そのため発見が遅れ、重篤な状態になって発見されることがあります。
- 小児の虫垂炎:訴えがあいまいで、腹部所見も典型的でないことが多いです。進行が早く虫垂の壁が薄いため、穿孔が起こりやすいとされています。また、成人と違って大網という膜の発達が不十分なため、穿孔を大網で覆って防ぐことができず、腹膜炎が広がりやすいという特徴があります。
- 妊婦の虫垂炎:子宮が増大するにつれて、虫垂の位置も右上に持ち上げられます。虫垂の位置が通常と異なるため、診断が遅れることがあります。
虫垂炎の治療
かっては腹部身体所見、白血球数、腹部X線所見で虫垂炎と診断され、即開腹手術になることもありました。しかし、現在では軽度虫垂炎は抗菌薬で保存的に治療されることが多く、外科的手術の適応はより厳密となっています。腹膜に炎症などの異常がおきていない(腹膜刺激症状のない)もの、炎症が粘膜に限定しているカタル性虫垂炎では抗菌薬で治療します。いわゆる「薬で散らす」という対処法です。改善のない場合や炎症が波及している場合は手術となります。
最近の研究では、腸内細菌の乱れが炎症性腸疾患や過敏性腸症候群などの原因としてもクローズアップされてきています。虫垂は「無用の長物」ではなく、実際は大きな役割を果たしている「無用の用」である可能性が高くなっていると言えるでしょう。