カバーという行為の難しさ

以上が僕の『RYDEEN ~Dance All Night~』に対する感想だ。

他人の曲をカバーするのは難しい。

特に今回のようにオリジナルがハイセンスな楽曲を大衆的にアレンジする場合、どうしても"安っぽい"違和感が出やすいものだ。

それを乗り越えるには創意工夫、アーティストのパワーなどさまざまな要素が必要になるわけだが『RYDEEN ~Dance All Night~』ははたして?

マーケティングとしては巧みで、商業作品としてはそれなりの成果をおさめるだろうが、音楽はあくまで芸術。確固としたオリジナリティーがなければただのフォロワー、劣化盤と見なされるのも致し方ないだろう。

繰り返しになるが、ダサい。

アーティストのセンスとは?名カバー『来るべき世界』に学べ

『ライディーン』はこれまでにも複数のアーティストに歌詞をつけてカバーされているが、中でも秀逸なものに空手バカボンの『来たるべき世界』(アルバム『バカボンの頭脳改革 -残酷お子供地獄』収録。1988年)がある。
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大槻ケンヂ、内田雄一郎、ケラによるテクノユニット。シュールかつ実験的な作風がいわゆる『ナゴム系』のコアな人気を集めた。

 

エレクトーン一台で作ったようなペラペラの音作り。イントロにあわせて「テ~ク~ノ~♪テクノライディーン~♪」と叫び、続くメロでも「もみあげはちゃんとそろえたか」などYMOを揶揄したかのような歌詞。名古屋章風のしわがれた"セルフ・ボコーダー"……

茶化しているように思われるかもしれないが、実際これほど『ライディーン』の持つ高みに迫ることに成功したカバーはない。

『来たるべき世界』の魅力は『ライディーン』を原曲とはまったく異なった方向から解釈し、よりシュールでコアな作品として自己流に消化しきったところにある。

そしてこういうことができるのがアーティストの"センス"なのだ。

最後に

いかがだっただろうか。
いささか辛口の批評となったが、それも日本のポップミュージックを愛するがゆえである。ご意見があればぜひうかがいたいものだ。

また、この記事を書くにあたってインターネット上のさまざまな反応に目を通したが、なかでも『ガジェット通信』記者Taka氏による
往年のYMOファンの年代の方々からすれば「『Dance All Night』つったら『言葉にすれば嘘に染まる』だろうが! ダンスじゃなくてダンシングだけど」と言いたくなるかもしれない。
というコメントが秀逸だったので記しておく。(ガジェット通信『E-girlsがYMOの名曲『RYDEEN』を大胆カバー MVが『Youtube』で100万回再生達成もコメント欄は賛否両論』)


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