メタルボンド主流からメタルフリーへの方向転換
天然歯に近似した被せ物は長年「メタルボンド」が中心でした。メタルボンドとは、被せ物を入れるために削った歯にぴったりフィットするように製作したメタルフレームの上に、陶材(ポーセレン)を焼き付けたものです。天然歯に色を調和させるには、中のメタル色が透けないように不透明な下地を敷いてから陶材を築盛していきます。そうすると一定以上の厚みが必要になりますし、厚みが不十分であれば色が不自然になるか形態が不恰好になります。厚みが確保できない被せ物の接合部(以下マージン)付近は自身の歯との境目に自然感を出すのが難しいのでマージンを歯肉の中にとることが一般的です。つまり、審美性を高めることを追求していくと天然歯を削る量も多くなってしまうのです。その結果、神経にも影響が出てしまうこともありました。そしてもう一点配慮したいことが有ります。それはメタルフレームに焼き付けた陶材の強度です。これまでに幾度となくここで述べていますが、インプラントは歯根膜という緩衝材がないため咬む力がダイレクトに伝わります。インプラント体が接する骨にも強い咬合力が加わるし、もちろん被せ物への負担が大きくなります。しかし、メタルフレームに焼き付けた陶材の曲げ強度は100mps前後ととても軟らかく、食いしばりや歯ぎしりで何トンという強い咬む力が加わるとすり減りも早く、薄くなれば割れたり欠けたりすることも有ります。
近年、歯科治療では様々な理由からメタルフリー(金属不使用)を目指すようになりました。口腔内は、温度も湿度も高いうえに食べ物を食べるので細菌が非常に繁殖しやすいのです。口腔内に異種金属が入っていると生体に悪影響を及ぼすと言った研究がされるようになり、強度のある非金属の詰め物や被せ物が登場しました。この分野の進化の速度は凄まじく、毎年どんどん素晴らしい材料が発表されています。その中で最もポピュラーで世界的に大ヒットしている「2ケイ酸リチウムセラミック」と「ジルコニア」を紹介します。
「2ケイ酸リチウムガラスセラミック」と「ジルコニア」の魅力
2ケイ酸リチウムガラスセラミックの曲げ強度は360~400mpsとメタルボンドの3.6~4倍。主な製作方法は2種類あります。1.高温で飴細工のように溶かし鋳型に流し込み、特殊な圧縮を加えて製作するプレスタイプ
2.既に出来上がっているセラミックブロックを、あらかじめシミュレーションしデザインしておいた通りにダイヤモンドバーで削りこんで製作するCAD/CAMタイプ
特に、セラミックブロックは、用途に合わせて多種多様なラインナップの中から最適なものを選べるし、シンプルなケースでは歯科技工士の特殊技能に頼ることなく自然な被せ物を製作することができるのです。
女性のアクセサリーにも使われたりしているジルコニアに至っては、曲げ強度は800~1200mpsとメタルボンドのなんと8~12倍。20倍以上の硬度にすることも困難ではないそうです。
被せ物が割れてしまう本当の理由とは?
2ケイ酸リチウムセラミックやジルコニアを使用しても被せ物が割れてしまうと言う歯科医の声をたまに聞くのですが、よくよくお話を聞くとちょっと状況が違うようです。割れるトラブルの大半は、2ケイ酸リチウムセラミックやジルコニアが割れているのでなく、その表面に盛り上げた陶材が割れている状態。内側にいくら硬いフレームを使ったとしても、咬む力が直接強く加わる部分に軟らかい材料を使ってしまったら全く意味が有りません。ですので、陶材をできるだけ盛らずに色付けだけで審美性を追求できるように、多種多様なセラミックブロックが次から次へと登場しているのです。汚れの付き方も金属よりセラミック系の方が付きにくいという論文が次々と発表されています。前回の記事に述べたように、インプラントは繊維付着が天然歯よりも弱いので、日常のプラークコントロールがとても重要です。
材質的に汚れが付きにくいのであれば、それを使わない理由は有りません。
あらゆる技術が医療の発展に役立つ時代
2回にわたって歯科インプラントの被せ物についてお話しました。歯科医師はこういった考えを元にインプラントの被せ物や天然歯の被せものを考えているのです。本当にすごい勢いで技術は進化しているんですよ。世界情勢が変わり、イスラエルで軍事技術として発展したミサイル追尾システムの技術が遠隔操作手術などに活用されたりしています。3DプリンターやCAD/CAMだけでなく、本来その目的で開発されたものではないのに、違う分野で大活躍しているものは意外と多いのです。