昨今、注目を集める「アニマル・セラピー」。介護の世界においても取り入れる施設などが増えつつあります。しかし、介護の現場で生き物の世話をするとなると、介護を行う側の手間やコストが増えるという一面も。今回は、高いセラピー効果を持つセラピー用ロボット「パロ」をご紹介します。
動物の「癒す」力を治療に生かすアニマル・セラピー
「アニマル・セラピー」という言葉を聞いたり、テレビや新聞などで目にした人は多いのではないでしょうか。ペットの犬や猫と一緒にいることで穏やかな気持ちになったり、イルカと一緒に泳ぐことでやすらぎを覚えたりといった効果を治療に生かしていこうというもので、最近は認知症や高齢者のうつなどにも活用されることが増えています。
しかし、実際に介護施設などでペットを飼うとなると、世話の手間がかかるのはもちろん、アレルギー、感染症、噛み付きなどの理由で難しい部分があります。
そこで、その代替策として実際にはぬいぐるみが使われることも多いようです。私の母が入所している特別養護老人ホームでも、大きめのぬいぐるみがいくつか置いてあり、それを抱きかかえてじっとしているお年寄りたちの姿をよく見かけます。
ギネスブックも認めた、
世界で最もセラピー効果のあるセラピーロボット「パロ」
実際に動物が飼えない方や、アニマル・セラピーの導入が困難な施設などのために、アニマル・セラピーに替わる「ロボット・セラピー」用のロボットとして研究・開発されたのが、今回ご紹介するメンタルコミットロボット「パロ」です。
パロはタテゴトアザラシの赤ちゃんを模したロボットで、多数のセンサや人工知能の働きによって、人間の呼びかけに反応し、抱きかかえると喜んだりします。そして、人間の五感を刺激する豊かな感情表現や動物らしい行動をとることで、人を和ませ、その心を癒します。ギネスブック(2002年)にも「世界で最もセラピー効果があるロボット」として認定されています。
多くの介護施設や小児病棟などでの研究・検証した結果、パロによるロボット・セラピーはアニマル・セラピーと同様の効果があることが確認されたそうです。また、国内だけでなく、スウェーデン、イタリア、フランス、アメリカなどの医療・福祉施設でも研究が行われ、良好な結果が示されているとのことです。
例えば、ある認知症高齢者の事例をご紹介しましょう。
在宅で家族から介護を受けていたAさんは、家族に対しての暴言・暴力が激しくなったために家族が介護を続けられなくなり、グループホームに入居。当初、帰宅願望が強く、介護職員に対しても、暴言・暴力などの周辺症状があり、グループホームのスタッフも困っていました。
しかし、パロを導入した後、Aさんにパロのお世話をお願いしたところ、笑顔で喜んで触れ合い、不穏な状況が無くなって問題行動が大幅に減少。スタッフも容易に接することができるようになりました。認知症によってどの程度の問題行動があるかをはかる「認知症行動障害尺度」では、112点中、68点から10点に下がり、問題行動の大幅な減少が定量的に示されています。
【インタビュー】『ペットの代替』と『セラピー効果』という
2つの視点から開発、進化を進めてきた
世界に認められたこのアザラシ型ロボットは、どのようにして生まれ、これから何をめざしているのでしょうか? 開発者である柴田崇徳博士に、気になる部分を伺いました。
横井「そもそもパロの開発はどういった経緯で始まったものなのでしょうか?」
柴田博士(以下、柴田)「パーソナル・ロボットを作りたいと考えましたが、様々な仕事をさせる場合には、専用の機械を作る方が良いので、あえて仕事をしないロボットを作ろうと思いました。身の回りでは、ペットが、そのような存在で、仕事はしなくても、人から愛され、大切にされています。そこで、ペットと同じように、人の心を豊かにするロボットを作ろうと考えました。人とペットとの関係に関する研究を調査し、アニマル・セラピーに注目し、ペットの良さを活かしつつ、ペットを飼えない人や、飼えない場所で、活用できるセラピー用ロボットの研究開発を開始しました。」
横井「アザラシをモチーフにしたのはどういった理由なのでしょうか?」
柴田「形態をタテゴトアザラシの赤ちゃんにしたのは、抱っこしたり、ひざに乗せたり、隣に置いて可愛い、気持ちの良いさわり心地、そんな条件にかなったのがタテゴトアザラシの赤ちゃんだったからです。それに、犬とか猫だとあまりに身近すぎて本物と比較されて違和感を感じてしまいますが、タテゴトアザラシの赤ちゃんだと普通は比較されにくい点も大きいですね」
横井「開発を行うなかで、最もこだわってこられたポイントはなんでしょうか?」
柴田「開発をはじめて20年、現在のパロは初代から数えて9世代目です。開発当初から『ペットの代替』と『セラピー効果』という2つの視点で改善、改良を進めてきました。国内外の病院や介護施設などで実証実験を繰り返して、より動物に近い自然な振る舞い、より安全で安定感があって信頼性の高いパロに進化させてきました」
横井「パロを実際に目にしたり触れたりすると、本当にリアルで、時間が経つのを忘れるぐらいですね」
柴田「とてもロボットというイメージはないでしょ。身体を撫でると本物からサンプリングした可愛い声で喜び、気持ちよさそうな表情をします。それに頻繁に呼ばれる名前を自分の名前として学習します。強い光があたると眩しそうにするし、抱かれたり仰向けにされたりするのも自分でわかります。そうした飼い主とのふれあいを通じてパロは学習し、優しくされれば優しい性格に、乱暴にされると怒りっぽい性格にもなるんです」
横井「現在、9世代目とのことですが、これからパロをどのように進化させていくおつもりなんでしょうか?」
柴田「目下の開発課題としては、セラピー効果をさらに高めるために、対象と目的をより絞り込んで自閉症や認知症等の症状ごとに特化した仕様のものを作ることですね」
日本でも医療福祉施設への導入が増えつつあるロボット「パロ」
パロが既に医療機器に承認されているアメリカや、医療福祉施設にロボット・セラピーのライセンス取得者がおり、70%以上の地方自治体に公的にパロが導入されているデンマークなど、欧米では医療機関や介護施設での導入が盛んなのに比べ、日本では個人の購入が60%を占めているそうです。
しかし、世界で高く評価されていることを背景に、日本でも少しずつ医療福祉施設での導入が増えつつあり、それぞれの現場で高い効果を上げているとのこと。これからも多くの施設へパロ導入が進み、多くのお年寄りや発達障害の子供等の心を豊かにできるようになると良いですね。
>「パロ」について、詳しくはこちらへ。
>介護施設での「パロ」導入事例について、詳しくはこちらへ。
※「メンタルコミットロボット」は独立行政法人産業技術総合研究所の登録商標です。
※「パロ」は株式会社知能システムの登録商標です。