雑貨/ハンドクラフト・工芸

陶芸家・伊藤聡信さんの器

あまり多くない色絵の器の中で、伊藤さんの器は、素朴で可憐な独特のタッチに惹かれます。可愛いだけじゃない、ユーモラスさと不思議な色気があります。

江澤 香織

執筆者:江澤 香織

雑貨ガイド

 ほのぼのとした風情の中に、ほんのり色気を感じる

少しずつ日の暮れるのが早くなってきて、夜の時間をゆっくり楽しめる季節が近づいてくると、器にも趣向を凝らしたくなります。秋の夜長をのんびり過ごしたいなあと思うとき、手に取るのは、兵庫県生まれで、現在は常滑で作陶されている作家、伊藤聡信さんの器。これから訪れる秋から冬、春を待つまでの間、花のない季節は伊藤さんの器で彩りを楽しみます。

伊藤さんの作品に最初に出会ったのは、クラフト作家の集まる野外展示会でした。その頃は白磁や印判のものを多く出展されており、東南アジア、ベトナムなどの少し古びた器を思い起こすような、大らかでやや粗い、素朴なタッチの藍の印判でした。他にあまりそういった作風の方はいなかったので、どこか印象に残っていました。

そうしてしばらく後、器屋さんで個展が開かれており、色絵を作られていることを知りました。数年前に見たときより、ぐっと洗練された雰囲気になっていました。素朴な風合いを残しつつも、ほどよい加減で繊細さが加わりました。今まで絵柄の付いた器は、京都の骨董屋などで見つけた古いものを数枚持っていたぐらいでしたが、このとき見た色絵のれんげにふと心が惹かれてしまいました。すっと先が細く、少し鋭角に自立する使いやすそうな形と、そこに描かれたちょっとぎこちない風情のほのぼのした絵に、なんだかうきうきする遊び心を感じて、使ってみたいなという気分になりました。今までにいいと思うれんげがなく、あまり見たことのないこの細身の形は絵になるフォルムだと思ったし、実用としても使ったら面白そうだと感じました。

楚々とした雰囲気のあるれんげ

楚々とした雰囲気のあるれんげ


実際れんげとして普通にも使いますが、飾り小皿と見立てて塩や味噌などの調味料をちょこっと載せて皿の端に置いたり、そのままぱくっと一口で食べられるように、小ぶりのお惣菜を入れたりするのに役立ちます。絵柄としても個性があるので、使い終わった後、皿に放っておいてもオブジェのような存在感があって、まじまじと絵柄を眺めてしまいます。「これ可愛いね」と、気付いて反応する人(主に女性の友人)が多いのです。

お酒に似合う器

そうやって使っているうちにじわじわと伊藤さんの器にハマっていきました。個展のたびにちまちまと、気づいたら少しずつ買っていました。伊藤さんの器はどうにも女心をくすぐられる風情があります。一度、伊藤さんが個展の後に飲んでいる席に同席したことがありますが、今時こんな人は少ないだろうと思うような、純真でまっすぐの素直な方でした。個展前は働き詰めだったようで、途中からころん、と眠ってしまい、それを回りが温かく見守っていました。こういうお人柄が作品にもきっと現れているのではないかと思います。

じわりと集まってきた器を見て思うことに、私にとっての伊藤さんの器は“お酒に似合う”器でした。元々ぐい呑みをつい買い集めてしまう趣味がありましたが、ぐい呑みってどうも男性の購買客を見ているのか、どっしり土っぽく荒々しいのやら、大げさに装飾的なものが結構多かったりします。自分はあまり技巧的なものは好みではなくて、気負いなく普通に使えるものがいいと思っています。かといって、量産品的ではない遊びも欲しい。

伊藤さんの器は、素朴なタッチでなんだかくすぐったいようなとぼけた雰囲気と、ちょっとドキッとするような色気を備えているように思います。その風情が、お酒と一緒に楽しむのに心地よいのです。ぐい呑みに限らず、お酒のあるテーブルに、伊藤さんの器がひとつでもあると、おだやかで楚々とした華やぎがあるように思います。たくさん並べるというより、ポイントとしてぽつり、と置くとぐぐっと目を引きます。独特なタッチで描かれた色絵は、お酒を飲みながら眺めるとより興味深く、その時間を楽しめるように思います。伊藤さんは印判、白磁などの器も、今も作っていますが、いずれも古道具のような枯れた風合いがあって、これらもお酒と相性がよいと感じます。

豆皿。シンプルな料理が引き立つ(中身はネギのピクルス)。

豆皿。シンプルな料理が引き立つ(中身はネギのピクルス)。


伊藤さんの器の中でも、特に気に入っているのは片口です。私が持っているものは、描かれた大ぶりの黄色の花と点々と散らばるピンク色が可憐で、あでやかな色っぽさがあります。ふくらみなどがなく縦にすっと立ち上がる形で、底がやや広く安定感があるので、持ちやすく安心して使えます。煮物など料理を盛る器として使うにも、口が広いので勝手がいいし、高さもちょうど良く、盛りつけが格好良くしやすいです(高さ7cm弱、直径9cm弱)。実は最初は料理の盛りつけ碗としての需要で買ったのですが、実際にはほとんどお酒用になってしまいました。やはり女性の友人にこの片口は人気があり、絵柄を呑気に眺めつつ、お酒を注ぐとより美味しく感じます。

酒器いろいろ。ぐい呑みはそれぞれ趣が違う

酒器いろいろ。ぐい呑みはそれぞれ趣が違う


伊藤さんの器は、東京だと世田谷の夏椿、西荻窪の魯山などで買い求めることができます。同店で個展も開催していますが、同じ作家なのに、お店の個性によってそれぞれ違った作風のものが並ぶのが、なかなか面白いです。夏椿は店主が女性なせいか、おっとりほのぼのとしたタッチで、軽やかな雰囲気のものが多いのですが、魯山はもっと男性的な感じがします。パンチの効いたやや無骨な雰囲気で、色合いもダークトーンで落ち着いた印象のものが多かったような。どちらも伊藤さんが作ったものですが、お店との共演で違った個性が引き出されるのが、興味深いところです。


伊藤聡信さんHP
http://www.ito-akinobu.com
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※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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