ひげ根が出てくる文章
――小説を読んで、最初にすごいと思った作品は何ですか?
小山田 私の家には、いとこからもらったお下がりの本がわりとたくさんあったんですね。小学2年生のときに夏目漱石の『吾輩は猫である』を読んで、すごいと思ったんです。たぶん子供向けの本で、漢字には全部ルビが振ってあって、挿絵入りでした。迷亭くんが洋食屋にトチメンボーを注文するシーンがあるんですけど、トチメンボーという字面がおもしろくて。トチメンボーなんて存在しない料理を持ってこいと言われて困惑しているボーイさんの絵が描いてあって。鮮烈に覚えています。
――最近はどんな本を読んでいるんでしょう。
小山田 新人賞を受賞してからも出版社でアルバイトをしていたんですけど、今は辞めて時間ができたので、ずっと読みたくて読めなかったものを読んでいます。トマス・ピンチョンの『V.』とか。日本の作家も大好きで、最近は深沢七郎や井伏鱒二を読んでいます。
――文体について影響を受けた人はいますか?
小山田 わりと直前に読んだものに影響されるタイプなんですよね。「ディスカス忌」の場合は上林暁の「ブロンズの首」を読んでいて、ちょっと古めかしい私小説文体になりました。その後に書いた「いたちなく」(「新潮」2013年7月号掲載)も同じ文体が合っていると思って引き続き使っています。
つるつると書けるときは、ものすごく楽しいですね。ひとつ文章を書いて、句点を打ったら、次の一文のひげ根がついている感じ。ひげ根が出てこなくなったらその段落や章はおしまいだとわかる。
――今は作家専業になったんですよね。他の仕事と比べて、小説を書くことが続けられそうと思うのはどういうところですか?
小山田 会社で働いていたときは自分に自信がなくて。小説は初めて自分で選んで、選ばれたことでもあるんです。書いたものをいろんな方に読んでいただける立場になったのは、運もよかったんでしょうけど、支えになっています。書くことは絶対に手離したくないですね。
「新潮」2013年9月号に小山田浩子さんの新作「穴」が掲載されています。夫の転勤のため仕事を辞め、田舎にある義実家の隣に住むことになった「私」が、奇妙な獣に導かれ「穴」に落ちる……。今度は家族をひとつの生態系として描いていて、ものすごくおもしろいです。ぜひ読んでみてください。