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話題の芥川賞受賞作 『蛇にピアス』

第130回芥川賞を受賞した金原ひとみ。20歳という年齢のことばかり注目されがちだが、デビュー作にして受賞作の『蛇にピアス』は、今日的な若者像を描きながら普遍的なテーマを扱った力作!

執筆者:梅村 千恵


『蛇にピアス』
この本を買いたい!


■過激な「身体改造」の痛みや残酷さ。嫌悪感を超えて伝わってくるものとは?
 本作のモティーフになっているのは、身体改造。耳のピアスから始まって、そのサイズや数を増大させたり、舌にピアスをしたりする、アレである。良識ある大人たちが「親にもらった身体を傷つけて・・・」と眉をひそめる現代の若者風俗だ。扱われているのは、蛇のように舌先を割る「スプリット・タン」といわれるかなりマッドな身体改造(なのだろう)。当然、このモティーフの過激さばかりが話題になりがちなのはしかたないだろうし、ある年齢層より上の読者の中には共感しづらい内容だと即断された方もいるだろう。

 結論から言うと、このような思い込みをいったん脇に置いて、ご一読いただきたいと思う。なぜなら、この著者の書きたかったことは、とても普遍的なことがらだからだ。

 まずは、簡単にあらすじをご紹介しよう。
 
 都会を漂流するように生きているルイ。パンクなクラブで舌先を二つに割った「蛇男」ことアマと出会った彼女は、彼のスプリットタンに強烈に魅了される。アマが身体改造している店の店長シバは言う。「人の形を変えるのは、神だけの特権」――上等だ。私も神になってやる。舌に穴をあけ、時間がたったらその穴を裂くというスプリット・タンを施すことにしたルイ。
見かけはマッドでパンクだが、どこか幼児のような無防備さと、奇妙な律儀さをもつアマと身体を重ね、時間を共有することに安らぎに似た思いを感じている彼女だが、一方で、加虐的な嗜好を持つ倣岸なる「神」シバにも魅かれていくのだった。
「パンクなくせに癒し系」のアマだが、ある夜、ルイは、彼の別の側面を知ることになる。ルイにちょっかいをだしてきた男を病的な暴力性を発揮して痛めつけたのだ。その男が死亡し、警察が犯人を捜していることを知ったルイは、不安に揺れる。やがて、アマは失踪。崩壊の予感と絶望的な孤独にさいなまれるルイ。彼女の予感は、やがて現実のものに・・・。

 普通の耳ピアス以上の太さのピアスを舌にいれ、それを段階的にさらに太くし、その穴を切り裂いていくスプリット・タン、まるで絵を描くようにざくざく彫る刺・・・想像するだけで痛い。残酷でもある。中には、生理的な嫌悪を感じる人もいるだろう。
 私自身も、明らかに若者風俗が理解不能な「大人」の分類に属するし、嗜虐的なほうでもないと思う。だが、本作の身体を傷つけることを表現した記述には、嫌悪をまったく感じなかった。

 それは、著者の表現力の問題ではない。もっと、別の「痛さ」が胸を貫いたからである。主人公のルイをはじめこの作品に登場する若者が、自身の、あるいは他人の身体に痛みを与えるという刺激で代替しようとしている「痛さ」。その「痛さ」は・・・
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