ヴィンテージをまとう感覚で、ソファの着せ替えを楽しむ

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日本初のジェルバーゾーニ・モノブランドショップ「GERVASONI TOKYO」。南青山・骨董通りを少し入った路地にあり、同社の世界観をよく表現した空間です。写真は新作の「BRICK」ソファ。再生カーペットを継ぎ接ぎした敷物も素敵です。

南青山・骨董通り近くにオープンしたイタリア・ジェルバゾーニのモノブランドショップ「GERVASONI TOKYO」。数あるイタリア・モダン家具メーカーのなかでも、GERVASONIは少し変わった経歴をもつメーカーです。創業は今から約130年前(明治の中頃)にさかのぼります。当時はウィッカー(柳の細い枝)で民芸風のバスケットなど作る小さな生活雑貨品メーカーだったようです。のちに籐家具を手がけるようになり、1960年代からは現代表の父親ピエロ・ジェルバゾーニ氏がデザインに力を入れ世界各国への輸出をはじめるとともに、ホテルやレストラン、クルーズ客船などにリゾート向け家具をおさめました。
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カバーは外マチで縫製され、生地を張るというよりは、カバーをさくっと掛ける感覚です。密度の濃いかがり縫いは、特殊ミシンで縫製されています。紙をクシャクシャにしたようなヴィンテージ感のある生地もあり、ファッションの流行を機敏に反映していることが分かります。

ヨーロッパでは、リゾート地のカフェやホテル、ビーチ、プールサイドには、必ずといっていいほど籐家具が使われています。バカンスには籐椅子に寝転び、日差しをいっぱいに浴びるというのが、夏の過ごし方の定番。籐の産地はかつてヨーロッパ諸国が植民地にしていたインドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムなどで、エキゾチックな雰囲気を盛り上げる道具としても欠かせません。ちなみに原料の採取は華僑資本がとり仕切り、家具製造の中心は台湾や香港でした。80年代後半からインドネシアなどによる材料の輸出規制をきっかけに、籐家具の生産地は東南アジアに移り、低価格化が進んでいました。

現代表のミケーレ&ジョバンニ兄弟は、1990年代半ばに父から会社経営を引き継ぐと一大改革を進め、籐家具中心のメーカーからモダン家具メーカーへの転換をはかります。その立役者となったのが、現在も同社のアートディレクターをつとめるパオラ・ナヴォーネ女史でした。
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オープニングパーティに来日したミケーレ・ジェルバゾーニ氏。130年に渡る同社の歴史を3分ほどに要約してスピーチしました。「会社の歴史を綴った本を出版し、父にプレゼントしました」というとおり、ファミリーカンパニーとしての伝統をリスペクトしながら、パオラ女史とともに思い切った改革で会社を成長させました。いまや世界50カ国に輸出しているそうです。

パオラ女史は、モダンデザイン界のレジェンドともいえるエットーレ・ソットサスやアンドレア・ブランジの右腕として活動してきた筋金入りの実力者で、60を過ぎても瑞々しさを失わない「大人かわいい」デザインは世界的に評価され、20社近くの有名家具、照明ブランドのデザインを手がけています。その中にはジェルバゾーニのような歴史あるメーカーもあり、伝統的な技術力を生かしながら新しい生命力を与えることに長けたデザイナーです。
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右はライティアの丸太を脚にして、鉄板を載せた「BRICK」テーブル。左上は籐家具メーカー時代の面影を残した照明「BOLLA」。左下は水牛の革をテープ状にして張った金属椅子「BRICK23」。オリエンタルな素材使いも魅力。

オリエンタルな文化をリスペクトしてきたパオラ女史の感性と、長年籐家具を作ってきたジェルバゾーニの社風は絶妙にマッチして、独自の世界観を作り上げてきました。今年の新作「BRICK」のテーブルも、それをよく表しています。鉄板の天板に合わせたベトナム産天然木ライティアの丸太(脚)は一本一本異なる表情を持っていて、鉄板も素の表情そのものです。これがプロダクツ?と思わせますが、人の手と自然の共同制作といった所に、彼女の思想がよく表れているのではないでしょうか?

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