感染症/渡航時に注意すべき感染症・ワクチン

新興国への渡航では腸チフスにも要注意

新興国、とくに南アジアや東南アジアでは、腸チフスにも注意が必要です。しかし、日本国内ではワクチンが製造販売されておらず、ワクチンに関する情報も乏しいのが現状。赴任など長期の滞在や、ホームステイなど感染リスクの高い滞在様式での渡航を計画されている方は、ぜひ知識とできれば免疫もつけてから渡航してください。

久住 英二

執筆者:久住 英二

医師 / 血液の病気・旅行医学・予防接種ガイド

腸チフスの流行地域

腸チフスの流行地域は、ほぼ世界中です。地図の緑色に着色されている国が、中等度以上(10万人あたり年間10~100人患者が発生)の感染リスクのある国で、灰色に着色されている国(インド、パキスタン、ネパール、バングラデシュ、ブータン、ミャンマー、タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、インドネシア、マレーシア、フィリピン、パプアニューギニア)が高リスク地帯(10万人あたり年間100人以上の患者が発生)です。高リスク地帯でも、インド亜大陸(インド・パキスタン・ネパール・ブータン・バングラデシュ)でのリスクが最も高いとされています。
Typhoid_map

腸チフス流行地域(出典:Bull World Health Organ vol.82 n.5 Genebra May. 2004)


渡航者の腸チフス感染リスク

免疫のない人がインド亜大陸に渡航した場合、渡航者1000人あたり0.3人が感染するとされています。リスクは滞在様式により異なります。都市部より田舎の方が、ホテル宿泊よりホームステイが高リスクと考えられていますが、必ずしもそうとは限りません。

2011年には、ユドヨノ大統領夫人がチフスに罹患しました(外部ニュースサイト)。高い衛生レベルで生活されている方でも感染しうる、という実例です。

腸チフスとは……症状・潜伏期間・致死率

腸チフス(Typhoid fever)は急性の全身感染症で、Salmonella enterica serovar Typhi というサルモネラ属の細菌が原因です。異物や病原体を食べて、体を守る働きをしている、マクロファージという白血球の一種の細胞中で増殖し、菌が血流に乗って全身に感染します。小腸のリンパ組織や、胆嚢にも感染します。

典型的な症状は、感染してから10~14日の潜伏期間を経て、不快感や食欲不振、筋肉痛を伴う発熱が出現します。0.5℃~1℃刻みで徐々に体温が上昇し、5~7日かけて39℃~41℃まで上がります。腸管からの感染症というと、下痢すると思われがちですが、成人では便秘することがあります。

通常、発熱にともなって脈拍数は増えるものなのですが、チフスでは、熱の割に脈拍数が少ない(=比較的徐脈)という現象が見られます。熱はそのまま10~14日ほども続きます。この時期に、患者の20%で、胸部、背部、腹部にサーモン~紅色の斑点が出現します。また、この時期に15~20%の患者で、腸から出血したり、腸に穴があく(腸穿孔)ことがあり、死に至ることがあります。

腸穿孔などの重篤な合併症がなければ、その後は数日かけて徐々に熱が下がり、回復します。回復後も、再発したり、胆嚢内に菌が住み続け、便への菌の排泄がつづく慢性保菌者(キャリア)になることがあります。

また、脳炎や髄膜炎を起こすことがあり、適切な治療を受けなければ20%以上の死亡率である、と報告されています。

重症度や経過のスピードは、体内に入った菌の量によって異なります。このような経過でなくとも、高熱が出た場合はチフスを考えなくてはなりません。

近年は、抗生剤への耐性を有する菌が増加しており、複数の抗生剤への耐性を有する多剤耐性菌がチフスの80%を占めるようになり、問題視されています。

腸チフスの感染経路

感染経路は糞口感染が主です。糞口感染は、患者や、慢性保菌者(キャリア)の便に排泄された細菌が、水や食べ物を汚染し、それを飲んだり、食べた人の体内に入り、小腸からリンパ系に侵入し、血流に入ります。

1900年代はじめのニューヨークで、アイルランド出身のメアリー・マローンという女性がチフスの健康保菌者(自分は症状がない)であり、周囲でチフス患者が多発する事件がありました。「腸チフスのメアリー」という通称で知られています(参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/メアリー・マローン)。

腸チフスの診断・治療法

血液や組織を採取して培養し、チフス菌を検出することで診断が確定します。自己判断で手持ちの抗生剤を服用したり、現地の医療機関で検査を受けないまま抗生剤の処方を受け、服用すると、診断できないことがあります。
治療は、効果のある抗生剤を服用することです。どの抗生剤が効くかは、菌を検出して培養し、抗生剤の感受性を検査することが必要です。近年はシプロフフロキサシンを含むニューキノロンへの耐性菌が増加しており、アジスロマイシン(ジスロマック®)内服や、セフトリアキソン(ロセフィン®)静脈注射が効果的です。

渡航者の腸チフス感染予防法

ワクチンが有効ですが、日本国内で承認されたワクチンはなく、医療機関によっては個人輸入して提供しています。

いずれも100%の予防効果ではないため、感染予防のための手洗い、ボトルに入った水をのむ、果物は自分で皮を剥いて食べる、などの行動が必要です。

以下に、おもな腸チフスワクチンについて解説します。

Typhim Vi
Vi ポリサッカライドを含む不活化ワクチンです。2歳以上の方で、1回0.5mLを筋肉注射します。3年の免疫が得られますが、高リスク国への渡航では、2年おきの接種が推奨されます。渡航の2週間前までに済ませましょう。有効性は、61~72%程度。2~5歳の小児では80%との報告があります。

■Vivotif
弱毒化された Salmonella Typhi Ty21a株をカプセルに入れた生ワクチンです。6歳以上の方で、1日おきに3回内服します。5年の免疫が得られます。お腹の調子の悪いときは避けるべきとされ、炎症性腸疾患などの潰瘍を形成する消化管の病気がある方では、病状が不安定の場合は避けるべきでしょう。

ワクチンの投与方法は、カプセルを空腹時に37℃以下の水か牛乳で内服します。渡航の1週間前までに全て飲みきるよう、2週間前から内服を開始しましょう。ワクチンの保存は5℃以下の冷蔵保存が望ましいですが、25℃で保存しても7日間は有効性が保たれます。また、37℃の室温にさらされても、24時間以内であれば大丈夫です。ワクチン服用の前後72時間は、アルコール摂取と抗生剤の服用を避けましょう(抗生剤は、ニキビや歯科治療などで知らないうちに処方されていることがありますので、のんでいる薬があれば、必ず医師に見せるようにしましょう)。

同時接種は、他の生ワクチンとは同日に接種するか、4週間の間隔をあけます。しかし、必要ならば、必ずしも間隔をあける必要はないとされています。
有効性は3年間で67%、7年間で62%と報告されています。
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