スペイン地図undefinedWikipediaより

スペイン地図 Wikipediaより

2013年は、日本とスペイン交流400周年という事で、盛んに記念行事が開催されています。仙台藩主伊達政宗がスペインに支倉常長を大使として、使節を派遣したことが交流の始まりです。スペインには日本にない、ラテン気質な魅力的な文化であふれています。その中でも土地に根ざしたフラメンコという踊りは、スペインという国の心を知るには大切な文化と言えます。「歌う・弾く・踊る」が三位一体となった、スペイン国民に浸透した伝統芸能です。ここでは、改めてフラメンコの歴史についてひもといてみましょう。

フラメンコの生い立ち

フラメンコは、以前に比べ世間の認知度は上がり、この踊りに触れる機会はずいぶんと増えてきました。それでもその諸説あって、本当のところは良くわかりません。諸説ある中、フラメンコは「歌」から始まったという説が有力です。

1)フラメンコの成り立ち(15世紀~18世紀)
フラメンコはスペインの南部、アンダルシア地方の民族芸術です。そもそもスペインという国は、いろいろな民族や文化が出入りした混沌とした所ですが、特にイスラム文化とキリスト文化の攻防は多くの独自の文化を生み出しました。

そしてそれとは別に15世紀半ばからスペインに入ってきた放浪の民たちが、17世紀ごろアンダルシアに定住を始め、すでにスペイン各地で発達していた土着のスペイン民謡の影響を受けながら歌い始めました。それが次第に発展していき、18世紀末ごろにはセビージャ、ヘレス、カディスのエリアを中心にカンテ(歌)の原型が出来上がったと言われています。

2)「カフェ・カンタンテ」の時代(19世紀~20世紀初頭)
19世紀中ごろには、「カフェ・カンタンテ」と呼ばれるフラメンコ版のライブハウスが次々と出現し、カンテ(歌)、バイレ(踊り)が人々にもてはやされるようになります。20世紀初頭までのこの時期を「カフェ・カンタンテの時代」と呼びます。

3)「カンテ・ボニート」の時代(20世紀初頭~中頃)
1910年を過ぎた頃、流行歌(クプレ)の人気が高まり、フラメンコを専門としたカフェ・カンタンテは衰退していきました。そして「カンテ・ボニート」と呼ばれる亜流の歌を得意とする歌い手が人気を博するようになり、ついに正統派のカンテは隅に追いやられてしまいました。ところが一方、この時代にギターとバイレ(踊り)はとても発達しました。20世紀中頃まで続いたこの時代を「カンテ・ボニートの時代」と呼びます。