インスリン製造は厳密な管理の下で極めて清潔に
イーライリリーの工場(インディアナポリス、USA)はサッカーフィールド18面に相当する大きな土地ですが、google earthで見ても巨大なタンク群がどこにあるのかは分かりません。たぶん、少し離れた所にあるとても大きなエアコンの放熱器があるビルがそうだと思いますが……。イーライリリーは遺伝子組換え(以下rDNA)大腸菌を5万リットルのタンク5000基以上も並べて培養しています。1タンクで数1000人の1年分のインスリンが出来るそうで、この工場は結晶インスリンを数トン単位で製造できるように設計されています。結晶インスリン1mgがインスリン製剤の24単位ですから、一日65単位使う人は一年で1gの結晶インスリンを使う計算になります。結晶インスリン数トンというのは文字どおり数百万人のオーダーですから、なる程計算が合いますね。
0.5gのバクテリアがタンクいっぱいに!
種となるrDNA大腸菌は-70℃で10年以上も凍結保存されています。必要に応じてわずか0.5gのバクテリアを取り出して培養を始めると20分ごとに倍になる驚異的な倍々ゲームで、小さなフラスコから大きなフラスコ、小さなタンクから大きなタンクと移しながら培養します。バクテリアが繁殖するためには滅菌した水、糖、塩、窒素が必要ですが、精緻に管理されています。更にこの培養液には他のバクテリアを殺す添加物(アンピシリンのような合成ペニシリン)が含まれています。インスリンを作るrDNA大腸菌はこの抗生物質が効かないように遺伝子操作されていますから、ホントに「さすが!」です。
インスリンの精製純化は極秘!
大腸菌の細胞膜は内部で作ったインスリンを外に放出できないので、計画どおりのぼう大な大腸菌が繁殖するまではインスリンを作り出さないように遺伝子操作されています。数日で十分な大腸菌が繁殖しますから、ここで一斉にインスリンを作る指令となる誘引剤を加えます。わずか数時間で計画どおりのプロインスリン(前駆物質)が生成されますが、これから大腸菌の山からインスリンを抽出する困難な作業に入ります。培養液を遠心分離器にかけてバクテリアを集め、今度は細胞膜を壊す薬物が入った溶液に移し、内部のインスリンを取り出します。さらに電気特性やpH、フィルターのサイズ、いろいろな酵素の添加、その他多くの門外不出の技術を駆使して設計図どおりのインスリンが出来上がります。これに亜鉛を加えて結晶インスリンにしてからストックされます。
別の方法は酵母からインスリン!
ノボ ノルディスクは大腸菌ではなく、rDNAの酵母を使います。酵母は作ったインスリンを細胞外に放出できるので、バクテリアの培養のような大タンクは必要なく、連続したラインでインスリンの回収が可能です。ただし、一つのラインが汚染されると隅々までの洗浄が実に大変で、ことによると供給トラブルが生じるかも知れません。仄聞ですが実際に起こるそうです。いずこも同じでしょうが、イーライリリーのrDNA大腸菌に病原性のあるものが混入すれば1タンクがアウトになりますから、それこそ水から空気まで高度なクリーンを維持して常にサンプルをチェックしています。培養タンクのクリーンルームでは、なんと外科手術だって出来るレベルなのだそうです。
このようなことなので、FDA(米国食品医薬品局)はバイオシミラーに厳しい安全性とその効果の実証を求めています。そのため、創薬のような費用と時間がかかるので、それ程安くならないかも知れません。しかし、競争があるのですから、コンスーマー(患者)の力で価格を下げるプレッシャーをかけなければいけませんね。