大根をおろすのは、腕が疲れるし億劫でした
夏になると、蕎麦、素麺、冷麺、うどん……などなど、冷たい麺類の摂取量がどうしても多くなります。冷たい麺に欠かせないもの、ぜひあって欲しいのが大根おろし。夏になると、せっせと大根をおろす日々が続きます(冬は冬で鍋に欠かせなかったりするのですが)。さっと茹でたシラスと合えたり、網焼きした茄子の上にこんもり盛りつけたり、もちろん焼き魚には必須だし、ハンバーグにものせる。あれば何かと出番が多くなる。ただやっぱり、おろすのがちょっと面倒で億劫。あー、おろすのいやだなあ、って悶々としながら、でもないと困るし、あったほうが料理がおいしいに決まっているから、「さて、おろそう」と覚悟を決めて立ち上がり、大根おろしに向かうのです(きっとおろすことが好きな方もいると思うので、これは私個人の気持ちの問題です)。おろすことのいやな理由は「腕が疲れる」です。今まで家にあったのは、いわゆる金属製の普通のおろし金で、何も考えずに買ったものを、壊れることもないのでそのままずっと使っていました。大根にはあたりが悪い感じがしてましたから、本当は竹製の“鬼おろし”などがいいのだろうとぼんやり憧れていました。でも壊れないから惰性で使ってた。ただ、腕が疲れるとはいってもフードプロセッサーを使うのは何か違う、という気がしていました。
そんなとき、ふらりと入った雑貨店で見たこともない鬼おろしを発見しました。
オブジェとして飾っておいてもいいくらい
よくあるギザギザの竹の歯が横棒になって何本か入った一般的な鬼おろし(その竹の歯が鬼の歯に似ているから鬼おろしと言うらしい。鬼の歯って見たことないけど)。ではなく、木の一枚板に、一直線上に細かく穴を開け、尖った竹の歯がひとつひとつきっちりと埋め込まれています。これは既製品ではないだろうな。人の手じゃないと作れない。きりりと端正で、精巧な手仕事の美しさに、しばし見惚れてしまいました。森川雅光さんという、岡山の木工作家が作った鬼おろしでした。やはり作るのは大変のようで、このときは店にたまたま1つありましたが、いつも在庫があるとは限らないようです。鬼おろしというより、オブジェのような存在感に圧倒されました。
よく見ると歯の方向があちこちに向いて作られています。こういう細やかな心配りは手仕事ならでは。
お値段は決して安くはなかったですが、これでざくざく大根をおろしたら、さぞ気持ちよかろう、という想像が次第に膨らんでしまい、そのまま手ぶらで帰るわけにはいきませんでした。家に金属製のおろし金があったっけな、てことはすっかり忘れてしまえ、というくらいの説得力が、この道具にはありました。
新しい道具は、早く使いたくてうずうずするので、さっそく大根をおろしてみることにします。さて、それは想像以上の快適さでした。
大根をおろしてみました。気分爽快!
大根おろしが楽しくなった、森川雅光さんの鬼おろし
今までのおろし金のなんとおろしにくかったことか。上下にしゃーっと大根を動かすだけで、気持ちよいほどさっくりおろせます。思ったほど力もいらず、そして早い! あっという間に大根が小さくなる。しつこくもう一度言うけど、本当に早い! 腕が疲れるヒマがない。今までのおろし金は細かくおろし過ぎていたのかも。このざくざくなおろし方だと大根の中に水分が含まれたままで、あまり水が出ないです。竹の歯の部分が思った以上に鋭利で、大根にしっかり引っかかり、さくっと削れる。この手ごたえがすごく気持ちいい。大根おろし、こんなに楽しかったのか。嫌々おろしていたのが嘘かと思うほど、むしろまだおろしたいってぐらいの異様な快適さです。道具を変えるだけでこんなに違うとは驚きました。ただし、かなり歯が鋭いので、うっかり手をおろさないように注意。大根が小さくなってくるとキケンです。そして、おろしているうちに、大根が歯に引っかかって付いたままの状態になり、だんだん溜まっていきます。穴が空いてないので、下に落ちることはありません。これらはおろした後に箸や竹串などでこそぎ落とす必要があります。歯の側面はつるっとしてるので、それほどイライラせずに落とせましたが、ここを面倒と思うかどうかは、人それぞれかもしれません。
こんな感じのサクサクな質感
歯の跡はこんなふう。なかなか潔い荒削りです
みぞれのようにシャキシャキで水分たっぷりの大根おろしができました。大根をおろしただけなのに、道具が変われば味も食感も全然違う。道具の威力を実感しました。この鬼おろしを作った作家さんにはまだお会いしたことがありませんが、いつかお会いできたら、このような道具を作ってくれてありがとう、とお礼を申し上げたいです。改めてネットで検索してみると、なかなか入手困難な鬼おろしだったようで、たまたま出くわした私は運が良かったとしかいいようがありません。量産品ではないですし、すぐ手に入るものではないようなので、こういう場に書くべきかためらいましたが、いいものはいい、ということで、あえてご紹介しました。