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鈴鹿8耐はなぜ魅力的なのか? 回帰するライダーたち(3ページ目)

鈴鹿8耐に往年の名ライダー達の電撃カムバックが相次ぐ「鈴鹿8耐」。2013年はなんとケビン・シュワンツがライダーとして8耐に参戦することが決定。なぜ8耐は引退したライダーたちをまたサーキットに引き戻すのか? その魅力に迫る。

辻野 ヒロシ

執筆者:辻野 ヒロシ

モータースポーツガイド


全盛期のトップライダーたちが帰ってきた!

90年undefined鈴鹿8耐

1990年鈴鹿8耐 【写真提供:MOBILITYLAND】


「鈴鹿8耐」の人気がピークを迎えたのは観客動員数16万人と史上最多だった1990年のこと。バブル景気で華やいだこの時代は日本のモータースポーツ全盛期である。この当時の出場台数は今では考えられないほどに多い。1991年の鈴鹿8耐公式プログラムを見てみると、決勝60台の枠に対して国内外から4メーカーワークスチームを含め93台がエントリーしている。8耐を目指すライダーたちのための鈴鹿6耐は60台の決勝枠に対して91台が、さらに鈴鹿4耐には63台の決勝枠に対して416台ものバイクがエントリーする盛況ぶりだった。

この時代のライダー達の大多数は80年代のオートバイブームを肌で感じ、レースに憧れ「鈴鹿8耐」を目指した若者である。最近のエントリーを見ていると40歳代のライダーの名前が非常に多い。実はこのバイクレース全盛期に育ったライダー達が再び8耐へと戻ってきている。
武石伸也

武石伸也


今年、BMW S1000RRを駆り8耐に挑む45歳の武石伸也(たけいし・しんや)もそんな一人。武石は1991年に野球解説者の定岡正二氏のチームからホンダVFR750Rで鈴鹿8耐に初参戦。翌92年はホンダの国内トップチーム「anブルーフォックス」から参戦し、予選でポールポジションを獲得し、デビュー2年目にして3位表彰台にあがるなど、まさに彗星のごとく現れた期待の若手だった。
武石伸也

スポンサーは若者達の必須アイテムだったアルバイト求人誌の「an」。当時のプログラムにも「an」の広告が掲載され、武石の姿がある(写真右)。1992年の鈴鹿8耐公式プログラムより


そんな武石はホンダ、カワサキのワークスチームから8耐に出場し、90年代に3度の3位表彰台を獲得し、日本のトップライダーとして活躍した。しかし、2000年を最後にワークスライダー契約が終了すると、レース活動を休止。2002年に一度、ヨシムラから鈴鹿8耐に出場したのを最後に完全にレース界を離れ、地元の北海道で自動車販売店を創業した。

引退後はライダーライセンスも失効していたが、2008年に武石は6年ぶりに鈴鹿8耐に戻って来ることになる。旧知の仲間達との飲み会で再びハートに火がついてしまったそうで、かつてカワサキワークスで共に闘った鶴田竜二のチーム「トリックスター」からカワサキZX−10Rに乗って復帰。そして、翌2009年の8耐では、ゲリラ豪雨で多くのライダーがスケートリンクのようになった路面で転倒する中、武石は驚異的な走りを見せて2位に上昇。そのまま自身の鈴鹿8耐最高位となる2位表彰台を獲得し、12年ぶりに鈴鹿8耐の表彰台から歓喜のシャンパンファイトを行った。
武石伸也

12年ぶりの表彰台を勝ち取った武石(写真左)。 
【写真提供:MOBILITYLAND】


90年代にはメーカーから契約金をもらい、プロとして最高のチーム体制で闘っていた名ライダー、武石伸也。かつての環境とは全く異なり、今は年に1度、鈴鹿8耐にプライベートチームのライダーとして出場する。「結局、サーキットが好き、オートバイが好きなんでしょうね。8耐は年に1度のお祭りだし、それに向けてモチベーションをあげていくことは本業を頑張る上でも良い刺激になっている」と武石は語る。またレースに復帰してからは周りの人が応援してくれているのをより感じるようになったという。「今年はどうするの? と多くの人が気にかけてくれるし、それが励みになっている。8耐の舞台に立たせてもらうにあたっては、もの凄い数の人たちが動いてくれています。支援者、スポンサーに喜んでもらいたい。僕らのチームは今年、常にゲラゲラ笑って8耐を楽しもうと思っています」と語りつつも勝負に挑む闘争心と緊張感はワークスライダー時代と何ら変わらないという。

武石は酒井大作、辻村猛という2人の鈴鹿8耐優勝経験者と共に、そのままナンバーを付けられる市販車のBMWで今年の鈴鹿8耐に挑む。テスト初日の感触は良好。自身5度目の表彰台も密かに狙っているだろう。
Motorrad 349

武石が走る「KOBE SWEETS LABO Motorrad 39」のライダー達は8耐ウイナー2人、ポールシッター武石の超強力ラインナップだ!


武石の復帰、2009年の表彰台獲得がひとつのキッカケとなり、元プロもアマチュアも、かつてサーキットを懸命な努力で攻めていたライダー達が鈴鹿8耐にどんどん復帰している。一度は引退した井筒仁康、伊藤真一、辻村猛ら優勝経験ライダーも戻ってきた。

92年の公式プログラム上のライダーの平均年齢は27.1歳。それから20年経った2012年は36.8歳にまで上昇している。しかし、「オジサン達の同窓会レース」なんて簡単に言うなかれ。特に表彰台経験のあるベテランライダーたちは、若手がどう頑張ってもかなわない引き出しの多さを武器に必ず上位進出を果たすはずだ。

彼らと同世代のかつてのファンの皆さんにはぜひサーキットで彼らの楽しむ姿、攻める姿、闘う姿を見て頂きたいと思う。年に1度巡ってくる「鈴鹿8耐」という衝動。ライダーたちと同じ何かを今の8耐で感じて頂けるはずだ。

【関連リンク】
鈴鹿8耐 公式サイト

【関連記事】
鈴鹿8耐、戦士たちの感動的なレース (2009年大会レポート)

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