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鈴鹿8耐はなぜ魅力的なのか? 回帰するライダーたち(2ページ目)

鈴鹿8耐に往年の名ライダー達の電撃カムバックが相次ぐ「鈴鹿8耐」。2013年はなんとケビン・シュワンツがライダーとして8耐に参戦することが決定。なぜ8耐は引退したライダーたちをまたサーキットに引き戻すのか? その魅力に迫る。

辻野 ヒロシ

執筆者:辻野 ヒロシ

モータースポーツガイド

鈴鹿8耐のはじまり

これまで多くの名ライダー、名バイクがドラマチックな勝負を演じてきた鈴鹿8耐。80年代、90年代には最大16万人の観衆を集め、若者が好む商品やブランドのスポンサーロゴがマシンを彩り、広告やテレビCMにライダー達が出演するなど、まさに「鈴鹿8耐」は社会現象と呼べるものになっていった。この華やかな時代は今も多くの人の記憶に残っているが、その歴史のスタートの部分については一般的にはあまり知られていない。

1978年、鈴鹿8耐は「第1回インターナショナル鈴鹿8時間耐久オートバイレース」として産声をあげた。その黎明期はまだローカルレース色の強い時代だったが、鈴鹿8耐のはじまりは現在の鈴鹿8耐を語る上でも欠かせないものになっている。
ヨシムラスズキ

1978年、第一回大会の優勝マシン。ヨシムラのスズキGS1000
【写真提供:MOBILITYLAND】


当時の時代背景を振り返ってみよう。1970年代は今では考えられないほどにモータースポーツが窮地に立たされていた時代といえる。自動車メーカー、バイクメーカーは環境を考えた製品開発に奔走せねばならず、さらに石油危機(オイルショック)もモータースポーツ界に深刻な影響を及ぼしていた。メーカーは表立ったモータースポーツ活動ができず、昨今のリーマンショック後の不況とは比べものにならないほどに、日本のモータースポーツは壊滅的な状況に追い込まれていた。

そんな時代を打破し、新しいレースのアイディアを探るべく、鈴鹿サーキットのスタッフと当時鈴鹿のバイクレースの主催を担当していたテクニカルスポーツの藤井璋美氏(現TSR会長)が海外のレース視察のために渡米した。

その視察の時に見たレースが「スタジアムモトクロス」。野球場などに土を盛り、特設コースを作って観客にレースを見せるモトクロスのイベントだった。昼間から予選が延々と行われ、夕刻になるとスタジアムの電灯が灯りはじめる。そして夜になってスタジアムがライトに照らされると、クライマックスとなる決勝レースが開催。いわゆるナイトレースである。その素晴らしい雰囲気に魅せられた視察団は「ライトを付けてゴールをむかえるレース」を新しいレースのコンセプトとして持ちかえった。実はこれが鈴鹿8耐のルーツになった。
ナイトレース

アメリカでは4輪、2輪共に夜にクライマックスを迎えるレースが多数開催されている。


鈴鹿サーキットではそれまでにも12時間、18時間、24時間などさまざまなフォーマットのオートバイ耐久レースが開催されていた。そして、人気の高かった耐久レースをリニューアルすることになった。そこで夜のナイトランでのゴールにこだわり、観客の帰宅手段なども考慮した結果、11時30分スタート、19時30分ゴールの8時間のフォーマットが最適との結論が出た。こうして鈴鹿8耐の開催が決まったのである。


ナイトランでのゴールは8耐の魂

しかしながら、1978年の初開催の時には出場チームから夜間走行を組み入れる事に反対の声があがった。「わずか30分の夜間走行のためにバイクにライトは付けられない」と。それでも主催者側は頑にナイトランの実施にこだわった。藤井氏の言葉によれば「懐中電灯をテープで貼り付けるだけでもよいから」と出場チームに譲歩し、設定した8時間フォーマットでのレースを敢行したという。
ナイトレース

夕闇の中を疾走するバイク 【写真提供:MOBILITYLAND】


結果、これが後の大成功につながることになった。海外の有力チームの参戦もあり、噂を聞きつけた若者が多く来場。ナイトランを終え、ゴールをむかえたバイクが列を作り、ライトを点灯させて煌びやかにピットに戻って来る姿、そしてゴール後に打ち上った大輪の花火がその場に居た観客をとてつもない感動へと導いていった。そして、その感動が口コミになり、毎年観客は増加していく。80年代になると、若者のオートバイブームも後押しとなり、鈴鹿8耐は一大ムーブメントになっていったのである。

1978年の初開催以来、11時30分スタート(ルマン式)、19時30分ナイトランでのゴール、花火というレースフォーマットは鈴鹿8耐の変わらない伝統であり、魂である。82年の台風到来によるレース短縮(6時間)、そして2011年の震災による電力不足の社会情勢を鑑みて10時30分スタート、18時30分(ナイトラン無しで)ゴールとなったやむを得ない例を除き、バイクレース業界の起死回生を狙って作られたイベントコンセプトは時代が変わっても守り通されている。8耐というレースは決してバブルの華やかりし時代に生まれたコンセプトではないのである。
ナイトレース

チェッカー後のウインニングランの美しい光景は鈴鹿8耐最大の見所!
【写真提供:MOBILITYLAND】


そんなレースのはじまりからして魂が込められたイベント「鈴鹿8耐」。このイベントを観客として楽しみ、魅了され、ライダーを目指し、さらに魅了され、今もレースを続けるライダーも多い。次のページではそんなライダーをご紹介したい。

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