江戸の御殿建築の最高峰が
創建当時の姿で蘇る
2013年5月29日、名古屋城の本丸御殿がいよいよ一般公開! 約400年前に完成した当時の豪華絢爛な姿が平成の世に蘇ります。工期10年・総事業費150億円にもおよぶ世紀の大復元の成果が、ついにベールを脱ぐのです。長らく空き家だったことも
本丸御殿の数奇な歴史
さて、まずは本丸御殿の基礎知識を頭に入れておきましょう。本丸御殿は名古屋城天守閣の隣に、天守より遅れること3年の慶長15年(1615)に完成しました。尾張藩初代藩主、徳川義直(家康の九男)と妻・春姫の住まいとして建てられたのですが、5年後に完成した二の丸御殿に2人が引っ越した後は空き家となり、江戸から将軍が訪れた時に使われる迎賓館になりました。将軍家で実際にここに泊まったのは家康を含むと2代・秀忠、3代・家光、14代・家茂(いえもち)だけ。家茂が慶応元年(1865)に宿泊したのは家光以来、何と231年ぶりでした。
明治維新後は天皇家のための名古屋離宮に。昭和5年(1930)に名古屋市に下賜され、国宝に指定されました。しかし、第2次世界大戦下の昭和20年(1945)、アメリカ軍の空爆を受けて、天守閣もろとも燃え落ちてしまいました。
その後、天守閣は昭和34年に(1959)再建され、燦然と輝く金のシャチホコを戴き、名古屋のシンボルの座を不動のものとしてきました。天守閣と並ぶ城の中核だった本丸御殿の復元は、名古屋にとって長年の悲願で、平成21年(2009)についに復元工事が始まったのです。
玄関と表書院を公開
きらびやかな障壁画が見モノ
今回は第1期公開として、玄関と表書院を見学できることとなりました。復元にあたっては、可能な限り創建当時の工法や材料が用いられています。外観、内部ともつややかな桧の白木が美しく、威風堂々としながら爽やかな気品を発しています。
建物の中に入ると上品なヒノキの香りが漂います。入口から廊下を回り込む形で玄関があり、玄関といっても18畳の一之間と28畳の二之間が並び、スケールのデカさを見せつけます。
ここで見られるのは本丸御殿復元のシンボルとも言うべき「竹林豹虎図」(ちくりんひょうこず)。豹と虎が向かい合っている有名な障壁画です。江戸時代当時、豹と虎は同じ種類の動物で、メスが豹、オスが虎と考えられていたことから、セットで描かれたのだそうです。
本丸御殿の障壁画の多くは、空襲の前に取り外されて倉庫や櫓に運び込まれていたため焼失を免れ、1000枚以上のオリジナルが現存して重要文化財に指定されています。復元にあたっては、最初に描かれた当時の色彩が再現され、実にきらびやかで活き活きとしています。この復元模写は、建物に先駆けて平成4年(1992)から始められ、実に22年目にしてついに御殿の襖にはめられて披露されることになったのです。
そして、6月9日までは「竹林豹虎図」のオリジナルも展示されます。およそ400年の時を経て渋い風情を醸し出しているオリジナルと、新品だった当時の輝きを放つ復元模写。両者を見比べられるのは、第1期公開を記念するハイライトといえます。
続く表書院は、5部屋からなる大広間。障壁画は松、桜、雉などの花鳥図で、豹と虎が出迎える玄関と比べて、華やかな気品を放っています。
第1期公開は全体の1/3
2018年の完成への期待が高まる
第1期公開で見られるようになったのはここまで。全体のおよそ1/3で、平成28年(2016)の第2期公開、平成30年(2018)の第3期公開を重ねてようやく完成・全面公開となります。現状は限られた部分の公開ですが、それでも江戸時代の建築と美術の粋を結集した絢爛さ、緻密さには圧倒されます。
日本の伝統美は、ひなびた風合いや風情がとかく尊重されがちですが、本来は多くがゴージャスできらびやかな姿に作られたはず。そんないわばオリジナルの原点にこだわりまくったこの復元は、日本の歴史における美のあり方を考えるきっかけにもなるんじゃないでしょうか。
江戸と平成の時代を超えた美のコラボ。歴史、美術、建築、どの分野のファンも必見です。
■名古屋城
・住所:名古屋市中区本丸1-1
・アクセス:地下鉄市役所下車徒歩5分、メーグルで名古屋駅から22分
・TEL:052-231-1700
・開館時間:9:00~16:30(天守閣入場は16:00まで)
・定休日:年末年始のみ
・入城料:大人500円、中学生以下無料 ※本丸御殿含む
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