今回紹介する「ぼくの住まい論」には、土地選びから設計、工務店選び、材料の検討といった「家を建てる」際に考えなければいけない要素が網羅されている。しかし、そのいずれもがかなり凝っている。一風変わっていて、一般的ではない。至極平均的な「家づくり」をしようとする際の参考にはならない。ただこの本を読むと「これくらいこだわるのもアリなんだ」と、家づくりに対する考えそのものが変わるかもしれない。

「みんなの家」なら実現しやすい?

著者の家は「道場兼自宅」であり、その道場は門人に対して開かれている。それを著者は「みんなの家」だといい、「みんなのための建物」をつくろうとしたから「どこからともなく資金も知恵も集まってきた」としている。

転勤や出産/結婚を機に家を買ったり建てたりする場合に、このような考え方で建てるのは困難ではあるが、モノを私有せずに自分以外の人にも提供するという考え方は学ぶべきものがある。自分が何かを提供し、その代わりに自分にできない何かを他人に助けてもらう。これを筆者は「相互迷惑かけ合いネットワーク」とよび、わらしべ長者を例にあげ「ぼくにとっての『わらしべ』を『蜜柑』と交換してくれる人と出会う確率が高ま」るとしている。

ハードルの低いところで、一番近い自分以外(家族以外)である両親と二世帯住宅を考えてみるのが現実的かもしれない。

本書では触れられていないが、二世帯住宅で解消する事象がもう一つ書かれている。それは「できるだけ集団は均質化しない方がいい。性別も年齢も職業も地位も財力も文化資本もばらけている方がいい」という下り。

「育児支援とか老人介護とかを行政が必死で手当てしないとどうにもならなくなっているのは」「今の家が弱者ベースで作られていないから」だとする筆者の主張は、もっともな事であり、これは多様な世代がふれあえるコミュニティ等と大仰に考えずとも二世帯住宅で解消できる可能性が高い。

「母港」となる家が理想

筆者は、母校は「母港」だと表現し、いつでも帰る事ができる場所、「困ったことがあったら、いつでもおいで」と心の拠り所となる場所であり、親子関係と同じだとしている。また「『退路のある』人の方が発想が自由になれる、ずっと冒険的になれる」とも主張する。

会社や社会で成功を収めたり自己実現できている人には恩師やメンターがいることが多いが、自宅もまた同じだということだ。

帰ることのできる母港となる住まい。そんな住まいなら今すぐにでも欲しい。そう思わせた一冊だ。

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