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巨匠逝く。ウェグナーが遺したもの

1月26日。デンマークのデザイナー、ハンス・J・ウェグナーさんが亡くなりました。ウェグナーさんこそ20世紀のモダン家具デザインをリードした、真の巨人といえるでしょう。

塩野 哲也

執筆者:塩野 哲也

空間デザインガイド

家具デザイン界の巨匠逝く

ポートレイト
ハンス・J・ウェグナーさん。自らがデザインしたYチェアに座って(以下写真提供:カール・ハンセン&サン ジャパン)

2月の初め、カール・ハンセン&サン ジャパンから一通の手紙を受けとりました。北欧デザイン界の巨匠、ハンス・J・ウェグナーさんが、1月26日、92歳で永眠されたとの知らせでした。一瞬あぜんとし、家具デザインの世界が失った存在の大きさを実感しました。

彼の名前をご存じでない方も、「Yチェア」(カール・ハンセン&サン社製)を見れば、すぐ「あの椅子か」とお分かりでしょう。1月21日にオープンした国立新美術館(東京・六本木)にも、彼の椅子が多数使われています。そのデザインは、日本の暮らしに中で親しまれています。

ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナーさんは、1914年、デンマークユトランド半島のトゥナーで生まれました。彼の実家は靴製造を営み、手作りの注文靴を作っていました。子供の頃から父の手仕事の現場を見て育ち、やがて木工職人H・F・スタールベルグに弟子入りしました。

木工の技術を瞬く間に吸収した彼は、わずか17歳で「マスター」の資格を得ます。その後兵役を経て、コペンハーゲンのテクニカルカレッジ(工業学校)へ入学。卒業後スクール・オブ・アーツ&クラフツに入学。これらの経験から、木材の専門知識とデザインの基礎を学んでいきました。

J・F・ケネディが座った椅子

学校を卒業した若きウェグナーさんは、デンマークを代表する建築家アルネ・ヤコブセン(セブンチェアの作者)とエリック・モラーの共同事務所に入所。オーフス市庁舎の設計に携わり家具デザインを担当しました。1943年に独立してからは、ボーエ・モーエンセン(シェーカーチェアなどで知られる)との共同家具デザインなども行いました。

転機が訪れたのは、1950年。アメリカの雑誌「インテリアーズ」新年号の表紙に、代表作となる「ザ・チェア」が掲載され、世界で最も美しい椅子という評価を得たことでした。それをきっかけにアメリカで評判を呼び、大量の注文が押し寄せました。さらに1960年の大統領選では、ケネディとニクソンとのテレビ討論会にも使われ、歴史に残る椅子となったのです。

そしてザ・チェアと同じ1949年に、カール・ハンセン&サン社の「Yチェア」が生まれます。ザ・チェアが贅沢に木を使い、座にも高価な籐編みを採用する一方で、Yチェアには、工業生産に適したデザインがされています。しかし機械加工とは思えない、複雑な曲線を生みだしているところに、ウェグナーさんの卓越した才能を感じます。

50年たっても作られ、愛されつづける理由

Yチェア
Yチェアは日本の暮らしの中に溶け込んだ椅子。
たとえば後ろ脚の曲線は、まるで3次元に曲がっているように見えます。でも実は2次元です。3次元曲線を作るためには、大きな木のブロックから削り出す必要がありますが、2次元ならば板から削り出せます。こうした工夫により、誰もが生活に使える名作椅子として、ウェグナー作品の中で最も多く生産されつづけています。

無駄を削ぎ落とした有機的かつ明解なフォルムは、室内に北欧独特の透明感を与えます。まるで木洩れ日のような、爽やかな雰囲気を感じさせてくれます。その軽さゆえダイニングで使っても、椅子を引きやすいのが特徴です。背は肘掛けの役目も果たすので、長時間座っても疲れません。ペーパーコード(紙紐)で編まれた座は、使うほどにしっくりと身体になじんできます。

ペーパーコードを張るのは、今でも全て手作業です。一方で機械化を進めながら、手仕事を活かしているのです。機械工程だけならすぐにコピー出来ますが、手仕事を取り入れることにより、他社では容易に真似のできない製品となります。また手作りならば、手の技術さえあれば、世界中どこでも張り替えが可能です。実際にカール・ハンセン&サン ジャパンでは、日本での張り替えオーダーを受け付けています。

次のページで、ウェグナーデザインを進化させた、リデザインの思想を紹介します。
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