トレシーバ

持効型インスリン「トレシーバ」
インスリンペンも軽いタッチになりました。

普通の人の「食後」とはどんな状態でしょうか? 食事が始まってから2時間もたてば血糖値が元に戻るので、一日3食とすれば24時間のうち6時間、つまり6/24時間が食後です。ところが糖尿病になると血糖値は一日中、24/24時間が食後(状態)です。これではいけません。カギを握るのが基礎インスリンです。

普通の人は食事をしても血糖値が140mg/dlを超えることはめったになく、一日の大半、18/24時間は90mg/dlぐらいで安定しています。糖尿病の診断基準にHbA1cが6.5%(NGSP値)以上という項目がありますが、HbA1cというのは過去2~3ヵ月の平均血糖値を示しますから、HbA1cが6.5%以上というのは平均血糖値140mg/dl以上ということです。これではやはり24/24時間が「食後」ですね。

体は食事に対応して一過的にインスリンを分泌したり、空腹時にも微量に分泌して血糖値を90mg/dl前後の狭いゾーンに保っています。体の仕組みに近づけようとするインスリン治療では、食事の時に注射する前者をボーラス(bolus. 単回全量投与)インスリン、後者を基礎(basal ベーサル)インスリンといいます。これを患者が理解しやすいようにバックグラウンド・インスリンということもあります。基礎インスリンの量は昼夜を問わずコンスタントに分泌されているので意外と多く、健康な体では一日に分泌されるボーラスと基礎インスリンの割合は50:50と考えられています。

それゆえ、欧米では1型糖尿病のインスリン療法はボーラス1/2、基礎(ベーサル)1/2が標準です。2型糖尿病はインスリン分泌能の個人差が激しいので基準はありません。

基礎インスリンの投与量は1型、2型を問わず早朝空腹時血糖値を目標にして調整します。睡眠中を含め「食後」以外の18/24時間の血糖値をコントロールしているのが基礎インスリンなのですから。空腹時の目標値は担当医から指示されるはずですが、実際に基礎インスリン量を調整するのは患者自身ですから、安定して作用する信頼できる基礎インスリンが待ち望まれていました。そんな折も折、うれしいニュースが届きました。

基礎インスリン「トレシーバ」発売近づく

ピークのない、とてもフラットな特性を持つインスリン「トレシーバ」(一般名「デグルデク」)のプレスリリースが10月に東京でありました。ノボ ノルディスク ファーマ株式会社の「トレシーバ」は1日1回投与の基礎インスリンですが、週3回だけの注射も視野に入るような、長時間の安定した作用が続きます。一般的に、長い時間一定して効く薬は、急性の重い副作用(この場合はシビアな低血糖)が急には起こりにくいものなのです。

新しいインスリンが発売される時は、既存の同タイプのインスリンに対し、HbA1cを下げる効果が見劣りしないこと、むしろ優れていることを訴求するのが普通ですが、トレシーバは低血糖、特に対応が遅れがちな夜間の低血糖の低減を全面に押し出しています。低血糖は積極的な糖尿病治療を行うときの大きな制約因子だからです。

トレシーバの特徴を簡単に説明してから、患者の立場から基礎インスリンとして先行するランタス(一般名・グラルギン)やレベミル(一般名・デテミル)と比べてみましょう。

・インスリン「トレシーバ」の作用機序

インスリンは51個のアミノ酸が2本の鎖(A鎖21個、B鎖30個)に分かれて、それが2ヵ所のアミノ酸 シスチン同士のS-S結合でつながっているペプチド(タンパク質)です。

1つのインスリンをモノマー(単量体)といいますが、インスリンは6つのモノマーが結合したヘキサマー(六量体)が安定した状態です。

トレシーバの注射液の中ではヘキサマーが2個結合したダイヘキサマー(2つの六量体が結合した複合体)として存在しています。

皮下組織に注入されると、速やかにダイヘキサマーが集まって可溶性のマルチヘキサマー(多数の六量体が結合した複合体)が形成され、そのマルチヘキサマーの両端から順次モノマーが解離されて、持続的かつゆっくりとインスリンが血中に吸収されて空腹時血糖値をコントロールする仕組みです。

インスリンはヒトインスリンで、同社の持効型インスリンアナログ「レベミル(一般名・デテミル)」と同様にB鎖末端(30位)のトレオニン(アミノ酸)を欠如させて、同29位のリシンに脂肪酸を付けています。

レベミルではその脂肪酸がアルブミンに結合してからゆっくりと解離する方法を採りましたが、トレシーバでは29位のリシンに「スペーサー」としてグルタミン酸を介して炭素数16の脂肪酸をつけています。

この脂肪酸が「手」となって鎖のように連なったインスリン同士の長いヘキサマーの集合体(マルチヘキサマー)が形成されるのです。この集合体が長くなればなるほどインスリンの作用時間が延びるのは容易に理解できます。これが週3回打ちの基礎インスリンの可能性があるゆえんです。

さて、基礎インスリンとして持効型インスリンアナログの先鞭をつけたランタス(一般名・グラルギン)は、一日1回注射で24時間フラットな基礎インスリンとして多大な支持を受けましたし、現在も受けています。

とても独創的な発想で、ヒトインスリンA鎖末端(21位)のアミノ酸アスパラギンをグリシンに入れ替えて、B鎖末端(30位)のトレオニンに更に2個のアルギニン残基を付け加えました。これによって注射液内の酸性の環境下での安定性が増し、皮下組織に注入後の体内の中性の環境下では逆に溶け難くなることによって長時間の作用が可能になったのです。

ただ、当初は医師から就寝前の一日1回の注射を薦められた人が多かったはずですが、患者はすぐにランタスが決してフラットではないことに気付いたと思います。ランタスは2~3時間の小さなピークがあって、また安定して少しずつ低下していきます。2時間ぐらいは続くこの小さなピークに昼間の運動量の影響が加わると夜間低血糖の可能性がでてきます。ですから、ランタスを一日2回に分けて注射をしている人は、フラットを望む1型糖尿病患者や私のように欧米人並みに基礎インスリンだけで0.5単位/kgも必要とするケースでは意外に多いのではないでしょうか。

トレシーバの臨床試験では、ランタスやレベミルに比べてとても大きな夜間低血糖の減少が報告されていますが、よく読むとそれらはインスリン・ナイーブの初心者にランタスやレベミル(必要に応じて2回許容)を一日1回注射の条件で比べたものですから、いささかトレシーバの優位性を拡大しているように思えます。現実のインスリンを使い慣れた患者は、どんなインスリンでも創意工夫をしてシビアな低血糖を起こさないようにしているのですから。

加えて、とてもフラットなトレシーバの特性は魅力的ですが、レベミルのように作用時間が12~15時間と短いために2回打ちが出来る基礎インスリンには、逆に昼夜の単位量を変えられる(!)というとても大きな利点があるのです。

特にインスリンポンプを使っている1型糖尿病患者では、人によって朝から夕方にかけて、あるいは夜から朝にかけての基礎インスリンの単位を変えていることがよくあるのですから、ただフラットというだけでは妙味がない人もいそうです。

年齢や個人差、性差などによってインスリンに拮抗するホルモン環境が変わりますから、やはり基礎インスリンにも選択できる自由が欲しいものです。イーライリリー(米)とベーリンガーインゲルハイム(独)が共同開発している基礎インスリン「LY2605541」も順調に進行しているようです。

インスリン「トレシーバ」は2013年3月7日より発売されます。お楽しみに!

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