天才建築家、シナンの才能が光るスレイマニエモスク

スレイマニエモスク

知る人ぞ知る、イスタンブールシルエットの代表格

オスマントルコ帝国最盛期のスルタン、スレイマン1世が天才建築家ミマール・シナンに建設させたスレイマニエモスクは、イスタンブール有数の巨大モスクの一つ。世界遺産となっているイスタンブール歴史地区の丘にそびえるそのシルエットは、情緒的なイスタンブール・シーンの象徴ともなっています。3年もの長い修復期間を経て、2010年11月に新たにオープンしました。

スレイマニエの歴史と背景

スレイマニエモスク

3年のリノベーションを経て、こぎれいに生まれ変わったスレイマニエモスク・内部。窓が多く、光が多く差し込みます

スレイマニエモスクは、1550年、時のスルタン・スレイマン1世の令によって建設が始まりました。

スレイマン1世とは、オスマントルコ帝国最盛期を導いたスルタン。36人いたオスマン王朝のスルタンの中でも47年という最長期間その座についていたことでも知られています。軍事的成功もさることながら、帝国の法システムを整備したことからカーヌニスルタン(=立法帝)の名で呼ばれることもあります。

スレイマニエ・ミナレット

奥の尖塔がミナレット。これにはバルコニーが2つついている

彼の命令によって1550~1558年に建築が行われたこのモスク、請け負ったのは、あの天才建築家、ミマール・シナン。御歳85、親方時代の大作と言われています。

スレイマニエ・キュリエと呼ばれるモスク付属の建物も含めた複合施設としては、ファーティモスクに続いて2番目の大きさで、当時はモスクを中心にイスラム神学校、ハマム、霊廟、宿泊施設、給食施設、病院、医学校などが集まっていました。モスクにはミナレットと呼ばれる尖塔が4基あり、これはスレイマン1世がイスタンブール占領後4人目のスルタンであることを意味。各ミナレットについているバルコニー部分が計10あるのは、彼がオスマントルコ帝国10代目の王であることを表現しているのだとか。

 

天才・シナンの驚くべき建築技術

スレイマニエ大ドーム

スレイマニエの大ドーム。アヤソフィアのそれより直径にして3メートルだけ小さい

このモスクで、シナンはとりわけ「光」の入り具合を大切にしています。通常、モスク内部は薄暗いことが多いのですが、ここスレイマニエモスクに限ってはさまざまな方向から光が差し込んでおり、その窓の数はなんと計138。そして多くの光を取り込んでくれる窓の数に加え、内部壁や天井の装飾も白を基調としたおさえめの色彩なので、モスクに入っても、およそ建物内部とは思えない明るさが特徴です。

天才建築家と呼ばれるミマールシナン、光以外にも建物内部に数々の工夫が凝らされています。

例えば煤。モスク内には数多くのオイルランプがぶら下がっていますが、こうしたオイルランプから出る煤は、壁や天井を汚すことなく、自動的にメイン出入り口上部にある部屋に集まるよう、空気の流れが計算されています。そしてここに溜まった煤は、内部装飾の際インクとして再利用されていたのだそうです。さすが天才建築家、当時から環境を考えたリサイクルシステムを編み出していたのですね。

また、スレイマニエモスクは内部が広いモスクなのに、金曜礼拝の際、イマム(イスラム僧)はマイクなしで説法ができるほど優れた音響効果があるのだとか。というのも、修復作業が行われる中、丸天井部分に左右対称に並べられた立方体の塊が256見つかっており、これが空気の空洞を作ることによって音の広がりを演出しているのだと考えられています。また、同様に音を反響させるため、床のレンガにはわざと空洞部分が作らせてあるなど、シナンはスレイマニエモスク建築の際、類まれなる音響効果システムを確立させたのです。見学の際、建物内部で手を打ってみてれば、その音が建物隅々まで響き渡るのを感じることができます。

スレマニエのもう一つの強みは、その耐震性の強さ。アヤソフィアとそのメインドーム天井の大きさを競ったといわれるシナンですが、アヤソフィアが建設当時から崩壊の危険があったのに比べ、このスレイマニエモスクは数々の大地震を経験したにもかかわらず、ひび一つ入っていません。建物を脆弱にしがちな大ドームですが、スレイマニエでは像の足と呼ばれる巨大な柱4本と半円ドームで支えられており、こうして耐震強度も優れていながら中央には余計な柱が存在しないため、中にいても広々とした空間を実感できるつくりになっています。

こうしたシナンのモスク建築技術は時代を超えて卓越しており、現代建設されている新しいモスク建築にも受け継がれています。