ニック・ダイベック『フリント船長がまだいい人だったころ』
『フリント船長がまだいい人だったころ』の冒頭の文章です。何やら不穏な雰囲気。母はなぜそんな歌をうたったのか。なぜ大切にしていたレコードをかけなくなってしまったのか。主人公のカルは妹が生まれる前、自分が14歳のころに起こった出来事を回想します。妹がまだ赤ん坊だったころ、母はよく妹をハイチェアから抱き上げて歌った。「振り払おう、振り払おう、振り払おう。悪魔を振り払おう」
カルが生まれ育ったロイアルティ・アイランドは、アメリカ北西部の港町。男たちの多くはカニ漁を生業にしていて、1年の半分をアラスカで過ごします。幼いころ大好きだった『宝島』の海賊たちのように荒っぽくも話上手な漁師たちに憧れ、自分もいずれはそうなると思っていたカル。しかし、彼は大人が自分たちの生活を守るために犯した罪の証拠を発見してしまうのです。
第五章以降の展開が特に素晴らしい
立ち上がりがゆっくりなので、もどかしく感じる読者もいるかもしれませんが、第五章以降の展開を決して読み逃さないでください。カルは今まではほとんど接点がなかったある人物と友情を育むことになるのです。母のコレクションであるレコードが、そのとき重要な役割を果たします。奇跡のような時間とあまりにも悲しいその終わりが、リフレインを巧みに用いた美しい文章で描かれる。一つひとつの台詞や場面に楔を打たれる青春ミステリーです。
フリント船長とは『宝島』に登場する海賊の名前。
著者のニック・ダイベックは、『シカゴ育ち』のスチュアート・ダイベックの息子。『フリント船長がまだいい人だったころ』がデビュー作です。