感情があるからこそ吠え声も変わる
吠え声も犬たちにっとっては大切なコミュニケーションツール。
犬は人間ほどではないにしろ、実に表情が豊かな動物です。実際、犬にも「笑顔」あると言われています。口を軽く開けた状態や口の端(口角)を後ろに少し引いた状態もそれにあてはまりますが、目は穏やかで、耳は横に引き気味、口を軽く開いて口角が後ろに引かれている、そんな表情を見たことはありませんか? それがいわゆる犬の「笑顔」。もちろん、私たち人間のように何かをおもしろがって笑うような笑顔ではありません。ただ純粋に嬉しく楽しいのでしょう。
動物の中にあって表情豊かというわけですが、そんな犬たちは人間の表情をある程度読み取れているようです。麻布大学伴侶動物学研究室で行われた実験によると、犬のオーナーの笑顔と無表情の写真を並べ、笑顔の写真を選択するとごほうびがもらえるというトレーニングを行い、その後見知らぬ複数の人間の笑顔と無表情の写真を見せたところ、かなりな高率で笑顔の写真を選択したそうです(*1)。
ということは、表情に伴った人間の感情というのも犬たちはそれなりに“受信”しているのではないでしょうか。家畜動物を含め、人間にとって身近な動物の中では人間とのつきあいという観点において犬がもっとも長い歴史を誇るのも、そうした能力の素地を元々もっていたことに加え、それを人間とのつきあいの中で進化させることができたからかもしれませんね。であるなら、彼らがその時の感情によって出す吠え声にも少しずつ違いがあるというのもなんら不思議ではありません。
吠え声の種類
日本語で犬の吠え声を表すとしたらどんな言葉になるでしょう? 「吠え声」「鳴き声」「唸り声」「遠吠え(昔は“長鳴き”と言われたこともある)」「追い鳴き」…この他にあるでしょうか? 英語で犬の吠え声を調べてみると10種類近くは出てきます。「Bark」は日本人の耳には「ワンワン」と聞こえるもの。
「Woof」はもうちょっと甘えた感じがあり、どちらかという「アンアン」と聞こえる声。Barkに比べるとより要求度が増している時にも聞かれますし、かつどうしたらいいか迷っているような時にも聞かれます。Barkのほうが意志が強いと言っていいでしょう。
「Moan」というのは遠吠えとまでは言いませんが、犬がまるで何かを喋っているような感じと言ったらいいでしょうか。
「Growl」も「Snarl」もともに唸り声。Snarlのほうがより攻撃的で、この状態では鼻に皺を寄せ、牙(歯)も見せており、今にも咬みつく勢いです。
「Whimper」と「Whine」は子犬のような甘えた声で、不安や不満がある時などに聞かれます。日本人がこれを擬音で表現すると両方ともクンクンとなってしまいそうですが、よく聞いてみると声の高さが違います。Whimperのほうが高くてWhineのほうは低いのです。
「Yelp」は痛みや恐怖がある時に鳴くキャンキャンキャンという声。
この他、英語では「Howl」(遠吠え)、「Sing」(サイレンなどに共鳴して出す遠吠えのような声)、「Bay」(ハウンド種が獲物を追いながら発する追い鳴き)、などという言葉もあります。英語に比べると日本語の表現は乏しいですね。微妙な言い回しがたくさんある日本語なのに、犬の吠え声に関してはさらっとしたもの。それだけ西洋人のほうが犬を観察する目があったということでしょうか。
吠え声の組み合わせは結構複雑
さて、これらの吠え声ですが、Barkが単独で聞かれることもあれば、BarkからWoofになり、最終的にWhineになるなど吠え声はその状況によって複雑に変化し、それによって声の高さや周波数にも変化が見られます。たとえば、攻撃性のある声では低くなり、甘えたような声では高くなるというのは経験的にもおわかりいただけるでしょう。また、私たちには一つの「唸り声」と聞こえる声も犬たちは状況によって使い分けているという結果を得た実験がありました。ハンガリーのブダペストにあるエトヴェシュ・ローランド大学の行動学者らによるもので、「オーナーと引っ張りっこをしている時の唸り声」「他の犬から骨を守っている時の唸り声」「見知らぬものに対する唸り声」を20頭の犬から録音し、それを他の犬に聞かせて反応を見るという内容。。実験犬となった犬の前には器に入った骨が置かれてあり、それに近づくと録音した唸り声が流されるのですが、骨を守っている時の唸り声を聞くと、目の前においしそうな骨があっても諦める犬が多かったそうです(*2)。
その他にも、犬は唸り声だけで相手の犬のサイズを認識できているという実験もありました。どうやら犬たちは私たち人間が考える以上に繊細な音声をもっており、仲間と会話をしているようです。
こうした犬の吠え声を科学的に見ると吠えた時の状況も加味して、「遊び」「要求・葛藤」「落胆・不安」「恐怖・痛み」「警戒・防御」の5つのカテゴリーに分けることができるということですが(*3)、そもそも犬の吠え声というのは人間の子供同様に成長の段階によって少しずつ変化します。ある観察によれば、生まれて間もない頃の赤ちゃんらしい鳴き声は生後7~9日齢でピークに達した後、生後4週齢頃には消えていき、生後3週齢頃になるとその鳴き声も少し変化してきて、生後6~7週齢頃をピークとした後に再度だんだんと少なくなっていきます。BarkやGrowlのような犬らしい吠え声が聞かれるようになるのは生後3週齢頃からで、生後9週齢頃にピークに達してからは生涯使うことになります。
変化と言えば吠え声の長さや繰り返し度にも注目。一般的に「ワン!」と一声吠えるよりも、「ワンワンワン」と長くなるほど要求度や訴えるものが強いと判断できます。唸り声にしても然り。近年では犬の吠え声について様々な研究が行われるようになってきましたが、どうですか? こうして見ると犬の吠え声と一口に言っても実に奥が深いと思いませんか?
ならばそろそろ、英語の表現に匹敵するような犬の吠え声に関する日本語らしい新しい表現が生まれてもいいかもしれませんね。
引用および参考資料:
(*1)麻布大学伴侶動物学研究室「Dogs can discriminate human smiling faces from blank expressions/Miho Nagasawa, Kensuke Murai, Kazutaka Mogi, and Takefumi Kikusui」
(*2)New Scientist「Grrr…what’s ‘Step away from the bone’ in dog?」
(*3)麻布大学伴侶動物学研究室「犬の吠えに関する最近の知見と、アンケート結果の考察」