名作『舞姫』を執筆した家
上野公園動物園通り沿いのホテル入口を入り、フロントのある建物を抜けると、右手に緑に包まれた趣のある日本家屋が現れます。この建物が、鴎外28歳から29歳にかけて、最初の結婚の期間・約1年半を過ごした家『鴎外荘』です。幼少期、神童と呼ばれていた森鴎外は、年をごまかしてなんと13歳の時に現在の東京大学医学部へ入学。卒業後は軍医になり、23歳から27歳の時ドイツへ留学します。ドイツ時代の経験を元に描いた『舞姫』は、後に鴎外の代表作の一つとなるわけですが、その舞姫を執筆したのが鴎外荘なのです。
門のすぐ外には、向き合うようにして『舞姫の碑』『於母影の碑』が建っていますが、これはかつて鴎外荘の玄関だった石に、鴎外自筆の原稿を刻んだものです。
門をくぐり、当時も使われていたという靴箱がある玄関から入ると、鴎外が舞姫を執筆したとされる和室『舞姫の間』、洋風の『於母影』、そして当時蔵として使われていた梁がそのままの状態で残っている『蔵』の3室を見学できます。
特に35畳の舞姫の間は、襖で3部屋に仕切れるほどの広さがあり、そこここに鴎外の写真や遺書、肉筆などが飾ってあり、見あきることがありません。庭には鴎外が愛したという梅の木も健在。緑を眺めながら、鴎外は何を思い、どんな風に筆を走らせていたのでしょうか。鴎外を身近に感じることができる鴎外荘の3部屋ではなんと、食事を楽しむことも可能です(室料別途)。
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