計画していなかった姉妹店

窓から射しこむ自然光とランプの灯。さまざまな光の色。

窓から射しこむ自然光とランプの灯。さまざまな光の色。

ムーンファクトリー・コーヒーの開店初日には京都店主の畑さんもカウンターに立ち、新米店主の高橋さんのサポートにあたりました。
「姉妹店をつくることは、高橋から電話がかかってくるまでは考えていなかったんです」と畑さんは語ります。

その時期、高橋さんは人生の進路を決めかねていたようです。かつての職場の良き先輩だった畑さんに相談したことをきっかけに、以前からあたためていた象工場のようなカフェをつくりたいという想いが、実現に向けて動きだすことになりました。
開店初日、扉近くのしつらい。

開店初日、扉近くのしつらい。

「畑さんがつくりあげたものがほんとうに好きだったんです」と高橋さん。京都の象工場がスタートする前に、その物件を見た友人知人がこぞってやめたほうがいいと忠告するなか、たったひとり、素敵な場所だと言い放ったのが高橋さんでした。たぶん彼女は象工場の最初の理解者であり、最初のファンだったのでしょう。
窓の外の猥雑な日常風景とは別世界。

窓の外の猥雑な日常風景とは別世界。

「以前の職場で高橋が接客する姿を見ていて、いいなと思っていました」という畑さんの言葉通り、高橋さんの自然で柔らかな応対はすばらしいもの。眠る赤ちゃんを抱いて階段をのぼってきた女性客にも、本を一冊持って訪れた年配の男性にも、じつにさりげなくあたたかで心のこもった言葉をかけています。
努力してそうしているのではなく、身についたものが素直にあらわれている、そんな快さを感じる立ち居ふるまいです。

ムーンファクトリー・コーヒーと命名したのは高橋さん自身でした。
「月が好きなんです、とくに消えそうな三日月が」と彼女は言います。

黄昏どき、夕日や雲の色彩に目を奪われたあとでふっと視線をひるがえすと、そこにひっそりと、一本の銀色のまつげのように浮かんでいる三日月。ほとんどだれにも気づかれないような、はかない美しさ。
ひきだしの底、1962年の日付が入った古い落書き。

ひきだしの底、1962年の日付が入った古い落書き。

月工場の空間は、そんな三日月を愛するひとの感受性で満たされています。気づく人間だけが気づいて、小さな微笑を浮かべるもの。たとえば、ヨーロッパの古いものだという窓辺のテーブルのひきだしの内側に綴られた落書き。

「お店に来た友人がみつけたんですよ」と、高橋さんはひきだしをそっと開けてみせてくれました。並んでいたのは1962年の2月の日付と、数名の名前。遠い日の筆跡が想像力をかきたてます。

ここで人と人が出会っていくことが嬉しい、と高橋さんは語ります。次ページでどうぞ。