ギャラリー「森岡書店」にて展示会時の写真
ガラスケースの中で、星屑のように繊細で控えめな光を放つ銀細工。手の中にすっぽり収まってしまうような、小さくて華奢なものなのに、凛とした佇まいに揺るぎない存在感があります。ぽつりぽつりと静かに並ぶ、小さな銀のスプーンや小物にひたすらうっとり見入っていると、ギャラリーの店主から声が掛りました。作家を紹介してあげるから、ぜひ会いに行ってくださいと。
さっそく訪ねた金工師・鎌田奈穂さんのアトリエは、緑の多いお寺のすぐ隣りにありました。時間になると鐘の音がゴーンと穏やかに鳴り響く、風情ある小さな部屋で、アトリエといっても自宅の一角にあるこじんまりとしたスペース。家の中には、どこか遠い国からやってきた、素朴な古いオブジェたちが、おとなしそうにぽつぽつと並んでいました。
部屋の一角にならぶ古道具。師匠から譲られたものも多い
鎌田さんの作品、繊細なラインのたくさんのスプーンがアトリエに
弟子としての毎日は、朝7時半には仕事場へ行って、まずは庭の掃除と雑巾掛け。8時ぴったりにお茶を点てて、お昼ごはんは12時ちょうど。5時にはきっちり終わって家に帰るという、淡々とした規則正しい生活。「まるで昔話みたいだった。」と鎌田さんはいいます。
「右も左も分からずにいきなり弟子入りしてしまったので、毎日ひたすら夢中で過して、あっという間に月日が経っていた、という感じです。初日から金づちを持って、ポコポコ叩いていました。最初は手の皮も剥けたし、豆もできたけど、でも楽しかった。行く前にはモヤモヤとしていたものが、ここに来て本当にやりたいことが見つかって、すっきりした気分でした。」
そして2年間の修行期間を経て2008年より独立、個人での制作を始めています。
こじんまりと小さなアトリエスペース
すっきりとコンパクトな鎌田さんのアトリエスペース。こんな小さなスペースでどうやって作るの?と不思議な気分になりますが、「火と、叩く場所があれば大丈夫ですよ。」とにっこり。鎌田さんの作るものは、主に銀や真鍮が材料で、薄い板状になった銀を、型に合わせて専用のハサミで切り、木槌でトントン叩きながら伸ばしたり、へこみやまるみを付けてかたちを作っていきます。銀は木槌で叩くほうが、白くうっすらとくぐもった雰囲気になり、その微妙な質感が好きなんだそうです。酸化しやすい素材なので、時が経つと変わっていく表情の面白さも銀ならではの魅力です。
左は穴を開けるための道具やハサミ。右はスプーンの型紙
「いろんな人と出会えるのも、この仕事をやってて良かったと思うことのひとつ。展示会では、ちょっと怖そうな人が真剣な目付きで作品を選んでくれたり。様々な年代の人が手に取ったり話しかけてくれるので嬉しいです」。
スプーンやピッチャー、アクセサリーなど、今は小さなものを作ることが多いけれど、いずれは大きなものにも挑戦してみたいそうです。また、七宝を施した食器などにも興味がある、とのこと。
「金工は、ずっとやり続けていきたいと思える仕事です。なんでこんなに好きなのか、自分でも分からないくらい。すごく自分にしっくりくるんです」。
制作したアクセサリーの一部
鎌田さん私物のカードケースも手作りで、独特の雰囲気がありました
協力:森岡書店(作品の取り扱いあり)