糖尿病者の運動リスク……血糖値は下がる? 上がる?
ガレガソウから作られたメトホルミンの過去・未来はドラマチックです
定期診察の日は、朝早く病院に着いた人たちが、少しでも血糖値を下げておこうと病院の周りをせっせと早足で歩き回っている姿をよく見かけます。でも、実は逆に上がってしまうこともあるのです。正常値だったのに必要以上に下げ過ぎて、血糖を上げるグルカゴンやエピネフリンが分泌されれば血糖が上がりますし、体にインスリンが十分にあるときに強い運動をすれば低血糖になることだってあります。また、血糖値が250mg/dl以上でケトン尿が出ているような状態で運動をすれば、血糖値はさらに高くなります。
糖尿病者にとって、運動は大きな利益がある一方で、場合によってはリスクを伴います。合併症がある人は新しい運動を始める前には医師に相談するよう勧められているのはそのためです。でも、一般論としては運動は血糖値を下げます。それは筋肉細胞がインスリン作用とは別のルートでブドウ糖を取り込むことができるからです。
GLUT4とインスリン
GLUT(グルット)とは、細胞膜での糖取り込みを担う分子で、糖輸送担体と言います。主だったものが5~6種類あり、このGLUT4は特異的に筋肉細胞や脂肪細胞のみにあって、インスリンのシグナルを受けてからブドウ糖を取り込む特別な糖輸送担体です。筋肉と脂肪以外の細胞にはインスリンが無くてもブドウ糖を取り込める糖輸送担体が常時あります。一方でこのGLUT4だけは、血糖値が高くないときは多くが細胞膜上から姿を消して細胞の内側に潜り込んでいます。
食事をすると血糖が上がる。そうすると膵臓のベータ細胞からインスリンが分泌され、それが筋肉細胞のインスリン受容体に結合する。そして一連の情報伝達があって、GLUT4を細胞膜上に送り出してブドウ糖を取り込みます。こうして食事で摂った炭水化物の70%以上を筋肉が取り込んで血糖値を一定に保っています。ところがインスリン不足あるいはインスリンの作用不全で2型糖尿病になると、筋肉の糖利用が約半分になってしまいます。だから高血糖になるのですね。
筋肉はインスリンと関係なく、強い運動でエネルギーを使うとブドウ糖を取り込まなくてはなりません。細胞内のエネルギーの通貨のようなものがATP(アデノシン三リン酸)です。これはアデノシンに化学エネルギー物質のリン酸が3個結合したもので、リン酸を切り離すときにエネルギーを生じます。ADPがリン酸2個、AMPがリン酸1個です。これらが相互に入れ換わってエネルギーのやり取りをしています。
運動をして細胞内のエネルギー状態が低エネルギー(AMP/ATP比の高い状態)になると、AMPK(AMP活性化蛋白キナーゼ)が活性化してGLUT4を細胞膜上に送り出してブドウ糖を取り込んだり、脂肪酸を分解してエネルギーを取り出します。これはインスリンの経路とは別ルートです。
メトホルミンはこのAMPKを活性化するのです。つまり、運動の効果と同じ仕組みでブドウ糖を筋肉細胞に取り込むのです。アメリカで行われた糖尿病予防プログラム(DPP)で、メトホルミンの投与も糖尿病予防効果があることが証明されています。
AMPKの「K」はキナーゼのこと。キナーゼというのはリン酸化を起こす酵素ですから、細胞内にあるいろいろなタンパク質をリン酸化させて、その部位に別のタンパク質を結合させます。こうやって細胞内の情報が伝わります。情報が誤ると、例えばがんになることもあるでしょう。
AMPKの活性化はリン酸化カスケード上流のLKB1というキナーゼの影響下にあります。このLKB1を発現させる遺伝子は強力ながん抑制遺伝子として知られていますが、もし、遺伝的形質によってLKB1が変化するとAMPKが正常に作用しなくなる可能性があります。AMPKは全身の細胞内のエネルギー代謝を調節していますから、がん細胞やウイルスの増殖にも関係があります。がん細胞やウイルスにとっては、どうもAMPKを抑制することが都合がいいらしいのです。そうならばメトホルミンでAMPKを活性化、つまり正常化することはがん予防をはじめいろいろな面で体を守ることになります。
上記のように、運動もAMPKを活性化します。運動はがんと2型糖尿病を減らすという論文はかなりありますよ。2型糖尿病者は何らかの理由でがんのリスクが高いのは疫学的に確かめられています。
その中で、メトホルミンを服用していた2型糖尿病者は、そうでない2型糖尿病者に比べて60%も膵がんのリスクを低減させたという発表が2009年にありました。過去のデータを分析した後向き研究ですが……。インスリンはがんのリスクを高めることはよく知られています。インスリン分泌を促進するSU薬もそのようです。
メトホルミンの抗がん作用が証明できれば、私たちにとって願ってもない一石二鳥ですね。
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