19世紀後半にトゥールビヨンで名声を確立したジラール・ペルゴ

ジラール・ペルゴ

1889年のパリ万国博覧会で金賞を獲得した「スリー・ゴールド・ブリッジ付きトゥールビヨン」

ジラール・ペルゴは、時計師のジャン・フランソワ・ボットが1791年、ジュネーブに設立した工房にまで遡るスイス屈指の老舗(1906年に統合)。現在の社名に用いられている「ジラール・ペルゴ」は、時計師コンスタン・ジラールと妻マリー・ペルゴの姓を組み合わせて1856年に誕生した。同社の誕生から間もない1861年、コンスタンの義弟フランソワ・ペルゴがスイス時計普及のために来日し、横浜に日本初の時計輸入代理店を構えたことも有名なエピソードである。

19世紀後半当時、傑出した技術を備えたコンスタン・ジラールは、「スリー・ゴールド・ブリッジ付きトゥールビヨン」を開発し、1867年と1889年のパリ万国博覧会で金賞を獲得した。独創的な設計と芸術的なデザインを融合したこのトゥールビヨンによって名声を確立したジラール・ペルゴの時計は、1890年代にはヨーロッパはもとよりアメリカ合衆国、南アメリカへ輸出され、先に述べたように幕末期に上陸を果たしていた日本でも販売が盛んになった。

ちなみに、ジラール・ペルゴは20世紀初頭まで60個あまりのトゥールビヨン懐中時計を製作した。以後は長く空白期が続いたが、スイス時計産業が機械式時計の復活に向けて動き出した1982年、コンスタン・ジラールの偉業を称えて、この「スリー・ゴールド・ブリッジ付きトゥールビヨン」の懐中時計を復刻。1991年には、創業200年を記念して腕時計バージョンも発表された。このトゥールビヨンを搭載した複雑時計は、現在に至るまでさまざまなモデルが開発され、同社の時計技術の象徴として高く評価されている。


次のページではフラッグシップモデルを紹介する。