糖尿病/糖尿病の経口薬・インスリン

世界で最も処方されている2型糖尿病薬・メトホルミン

世界中で最も多く、年間延べ1億人以上の2型糖尿病患者に処方されている経口薬「メトホルミン」。日本ではあまり使われていません。とても安全な薬の一つで、すこぶる安価なこの薬の処方をなぜ医師がためらうのかを解説します。

執筆者:河合 勝幸

世界中で最も多く、年間で延べ1億人以上の2型糖尿病患者に処方されている経口薬「メトホルミン」。なぜか日本ではあまり使われていません。とても安全な薬の一つで、すこぶる安価なこの薬を、なぜ医師が処方をためらうのでしょうか? その謎に迫ります。

2型糖尿病薬・メトホルミンとは

ガレガソウ

メトホルミンのルーツは牧草であり、薬草でもあるガレガソウにあります。小さな白や紫の花が咲きます。

メトホルミンは、今日では世界中で2型糖尿病治療薬として、診断時の第一選択薬になっている薬です。

経口薬のクラスで分類するところのビグアナイド薬の一つで、「メトホルミン」というのは薬の一般名(成分名)のことです。アメリカでは、ビグアナイド系ではメトホルミンしか認可されていないので、メトホルミンがそのままクラス名のようになっています。

メトホルミンは、WHO(世界保健機関)が糖尿病の必須医薬品として選んだ、たった 4種類の糖尿病薬のうちの1つ。他の3種類はインスリンのレギュラーとNPH、SU薬のグリベンクラミドです。必須医薬品とは、どんな貧しい人でも安全な薬を安価に入手することができるようにすべきという考えの下で処方される薬のことです。

メトホルミンが世界に広がるまでの歴史

■ ルーツは中世以前からの民間療法
ビグアナイド薬は数奇な運命をたどってきました。ビグアナイドのルーツは地中海沿岸に自生するマメ科の植物「ヤクヨウ(薬用)ガレガ。Galega officinalis」にさかのぼります。英語でGoat's rue, French liliac, Italian fitch, Professor weedなどと呼ばれているのは、全部この草の異名です。

日本では「ガレガソウ」と訳される事が多いので、以下はガレガソウとします。Galegaとは「乳を多く出す」という意味で、この草を食べた牛の乳生産量が増えることが知られていました。officinalisは「薬用」ということです。

ヨーロッパでは中世以前から民間療法の薬草として糖尿病治療に使われてきました。薬用ハーブとしても授乳期の女性に「母乳」を増やすものとして薦められてきましたが、今日ではガレガソウは有毒だと一般に認識されていますから、薬用ハーブのネット通販にはご注意ください。特に開花期は毒性が強いとされています。

■ 20世紀初頭に糖尿病薬として開発
20世紀の初めに化学者たちが、このガレガソウから「グアニジン、guanidine」という物質を分離しました。グアニジンは実験動物の血糖値を下げることができたのですが、同時に毒性もありました。そこで化学者たちはグアニジンを2個結合させることで、より安全なものにすることに成功しました。ビグアナイド(biguanide)とは、つまりbi(2個)のguanidine(グアニジン)ということです。

「メトホルミン」はこのビグアナイドの一つで、他にもブホルミンとかフェンホルミンなどがありました。メトホルミンが初めて合成されたのは1929年のことで、しばらくはインスリンの登場で忘れられていましたが、1950年代後半にフランスの医師Jean Sterneが糖尿病薬として治療に成功したことを発表して再評価されます。メトホルミンの最初の商品名Glucophage(糖を食べる)は彼の命名です。

■ 副作用の懸念から30年以上の使用中止
アメリカではビグアナイド薬としてフェンホルミンが使われていましたが、死亡率の高い副作用の重篤な乳酸アシドーシス(後述)のため、ビグアナイド薬は一切使用中止になりました。

しかし、メトホルミンの場合、乳酸アシドーシスはごくまれな例にしか起きないため、事実上はメトホルミンが巻き添えを食った形です。30年以上もアメリカでは使われないことになります。

■ 20世紀後半、欧米での普及
イギリスでは1958年から、日本では1961年、カナダでは1972年から、メトホルミンが使われ始めました。1990年代に2型糖尿病の大規模な臨床試験が行われ、改めてメトホルミンの効果が証明されました。

アメリカの食品医薬品局(FDA)が安全性を確認してGlucophageを認可したのが1994年。わずか数年でアメリカで最も多く処方される経口薬になったことになります。アメリカ人の2型糖尿病は肥満によるインスリン抵抗性が多く、血中にはインスリンがたくさんあります。その人にSU薬を処方して、さらに高インスリン血症にすることは、かえって危険なこと。メトホルミンならインスリン分泌を促進せず、、体重も増やす心配がないからです。

日本でメトホルミンがあまり使用されないわけ

日本では薬害を起こしたフェンホルミンは使われていませんでしたが、ビグアナイド薬による乳酸アシドーシスへの懸念からメトホルミンの処方量は1日最高用量750mgと中途半端なものに定められました。有効成分が足りないから血糖降下作用も不十分、おまけに死亡率50%の乳酸アシドーシスの風評も流れていたため、糖尿病専門医はともかく、一般医たちがすっかり及び腰になってしまいました。

後ればせながら、日本でも2010年5月10日から1日最高用量が2,250mgという欧米並みの処方ができるメトホルミン「メトグルコ」が発売されましたが、どうも一般医の乳酸アシドーシスの意識は払拭されていないようです。メトグルコは前記のGlucophageの日本における商品名です。

メトホルミンで重篤な副作用が起こる可能性は?

最後に、フェンホルミンがもたらす死亡率の高い副作用である「乳酸アシドーシス」が、メトホルミンでも起きうるのかを考えてみましょう。
2型糖尿病は、以下の3つのいずれかに当てはまる場合、高血糖を起こしてしまいます。

  1. インスリンが不足していてブドウ糖を筋肉や脂肪細胞に取り込めない
  2. インスリンは十分あるのにうまく取り込めない(抵抗性がある)
  3. 血糖値が高いのに肝臓からどんどんブドウ糖が放出(糖新生)されてしまう

メトホルミンの作用機序はまだ完全には解明されていませんが、肝臓の糖新生の抑制(3に対する効果)とインスリン抵抗性の軽減(2に対する効果)は確認されています。高血糖の3つの原因のうち、以上の2つへの効果は明らかなのです。

インスリンは筋肉や脂肪にブドウ糖を取り入れさせるだけでなく、肝臓からのブドウ糖放出をストップさせる働きもあります。2型糖尿病になると、なぜかインスリンが肝臓に作用しにくくなり、一般論ですが健常人の3倍も糖新生をするという見方があります。メトホルミンは肝臓のインスリン感受性を高めることがアイソトープを使った試験でも分かりました。つまり、糖新生を抑えられるのです。

筋肉などで作られた乳酸は肝臓でブドウ糖に戻します。空腹時や飢餓の時は乳酸だけでなく中性脂肪の成分であるグリセロールや、アラニンなどのアミノ酸から体が必要とするだけのブドウ糖を作ります。これを肝臓の糖新生と言います。

メトホルミンはこの糖新生にブレーキをかけて血糖値を下げますから、もし腎臓が悪くて服用したメトホルミンが体外に排泄できなくなって、体にどんどん溜まってしまうと、ブレーキが効き過ぎて血液中の乳酸が過剰になります。これが「乳酸アシドーシス」です。

また、メトホルミンを服用中に、万一、心臓発作や呼吸困難などで血液中の酸素が低下するようなことになると、ブドウ糖からエネルギーを取り出す系が酸素を使わない解糖系のみになって大量の乳酸が生成されます。

メトホルミンによって、これらの乳酸からの糖新生がブロックされていると、乳酸による酸血症になる可能性があります。しかしこれらはめったにない事例です。薬の添付文書には警告・禁忌を含む使用上の注意が明記されていますから、医師が順守すれば済むことです。うわさ話で不安になる必要はありません。

次回はメトホルミンが糖尿病だけでなく、ある種の癌やアルツハイマー病にも使用が検討されているという明るい話を解説します。

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