日本の近代医学は欧州系(主にドイツ)とアメリカ系の両方の流れを汲む西洋医学。欧米は以前は熱帯にも植民地を持っていて、熱帯地域特有の病気に対する医学を「熱帯医学(Tropical_Medicine)」と呼んでいます。熱帯医学が取り組んでいる熱帯病の多くは感染症です。

残念ながら海外旅行に行く日本人は、熱帯病にかかるリスクに対して無頓着な印象を受けます。これから暑い地域へ旅行を予定している人は、以下の感染症のリスクがあることも、頭に入れておきましょう。

予防が難しい蚊が運んでくる感染症

蚊は病気の原因となります。

病気の原因となる病原体を運ぶ蚊。特に海外では、ただの虫刺されではすまない症状を引き起こすことがあります

国内でも国外でも、食中毒などの経口感染による感染症は、ある程度予防することができます。予防が難しいのは蚊による感染症です。

蚊と病原体には一定の関係があり、病原体を媒介する蚊が生息してなければ、病原体に感染する機会はありません。例えば日本脳炎は日本にも媒介する蚊がいる感染症です。日本脳炎には安全性については議論があるものの、今では有効なワクチンがあります。

有効なワクチンがなく、蚊が媒介する熱帯病として、マラリアとデング熱が挙げられます。この2つの病気については、海外旅行で感染する可能性もあるので注意が必要なのです。

マラリアの原因・感染経路・症状

簡単にはみつかりません。

赤血球に潜むマラリア原虫。簡単には見つからないので厄介です

人に感染するマラリアには4種類あり、蚊を通じて、感染後の時期により異なりますがヒトの肝臓と赤血球系、赤血球を処理する脾臓などに取り憑きます。数週間の潜伏期間を置いて、発症することが多いようです。共通している主な症状は肝障害と繰り返す発熱。

肝障害が起きる上に、免疫反応として脂肪細胞を壊す物質が産生されるので、慢性化すると病的にやせることもあります。免疫系が一定期間働くと解熱しますが、発熱と解熱を繰り返す特徴があるので、熱が下がったからといって治ったと安心してはいけません。

マラリアにかかったかどうかを確定診断するためには、血液標本の赤血球を丹念に見て、赤血球中のマラリア原虫を確認する必要があります。潜伏期間は数週間とされていますが、帰国1年後に診断された人もいます。

また、感染したマラリアの種類により発作が起きる周期が異なるのも特徴。あるマラリアに罹ると、特定の周期で発作が起きると教科書には記載されていますが、流行地域では複数のマラリアが流行していて複数のマラリアに同時感染することがあるので、教科書どおりの周期で発作がおきるとは限りません。

また、マラリアの種類によりますが、マラリアに感染した場合は肝臓や赤血球系の細胞に長期間感染する場合もあります。マラリアのうち「熱帯熱マラリア」は栄養状態も関係しますが、死亡することもあるので注意が必要な感染症です。


マラリアの予防・治療薬

マラリアには有効な治療薬がありますが、日本にはそもそもマラリアがないのでマラリア以外の病気にも使われる薬剤を除くと治療薬自体も通常は流通していません。いわゆる稀少薬なので、常備している医療施設は限定されてしまいます。日本国内で発病した場合は、診断した病院が治療経験がある施設と相談するのが一般的です。

治療薬の一部は予防薬としても使用可能。しかし、残念ながら特効薬には強い副作用があります。過去には、日本国内で予防薬を1錠服薬しただけで失明した人がいるという報告もあるほどです。特に旅行期間が長くない場合は、マラリアの流行地域に行くからといって積極的に予防薬を摂取することもお薦めできません。

意外なマラリアの活用法と注意すべき誤解

■毒(マラリア)をもって毒(梅毒)を制す
マラリアは、かつて梅毒の治療に使われていました。梅毒は、現在では抗生物質である程度治療できますが、抗生物質がない時代は、梅毒が高熱に弱いという性質を利用し、マラリアの繰り返す発熱という症状が利用されていたようです。

■マラリアダイエットの危険性
マラリアに感染すると高熱で消耗し、体に蓄えた中性脂肪が減っていきます。これにはサイトカインの腫瘍壊死因子というものが関係しているためです。癌になると急激に痩せることがあるのも、この腫瘍壊死因子が働くため。この因子には脂肪細胞中の中性脂肪の分解を促進する作用があるので、これをダイエットに利用できないかという考えもあるようです。しかし癌の時には神経障害が起き、この神経障害を起こすのもまた腫瘍壊死因子なのです。安易にダイエットにマラリアの作用を応用しようとするのは非常に危険だと考えられます。

■ファンタオレンジでマラリアが治る?
また、最近バラエティー番組を通じて、「ファンタオレンジでマラリアが治った」という説が一部で広がっているようですが、今のところ清涼飲料水自体に、マラリアを治す効果があるとは考えられていません。

ただ、衛生状態のよくない地域にいて、缶に詰められた炭酸水は非常に安全な飲み物。衛生状態のよい安全な砂糖水の摂取が、マラリアで弱った体力回復を助けたためと考えられます。


デング熱の原因・感染経路・症状

デング熱の病原体は日本脳炎に似たウイルス。こちらも蚊に刺されることで感染し、刺されてから週単位で発症することが多いようです。忙しい日本人の海外旅行を考えると、帰国後発症する可能性が高いですね。

主な症状は、他のウイルス感染と同じく、発熱、発疹、関節痛など。ほとんどの場合、週単位で自然に解熱します。自然治癒すれば、そう深刻な感染症ではありません。

しかし、他の多くの感染症と大きく異なる点があります。他の感染症は、一度感染したり、ワクチン接種をすることで免疫記憶ができれば、2回目は感染しなくなったり、感染しても症状が軽くなったりしますが、デング熱は免疫(免疫記憶)があるとかえって重症化することがある、やっかいな感染症なのです。

デング熱には複数の型があり、ある型に対する免疫記憶ができてしばらくしてから別の型に感染すると、「デング出血熱」という別の病態を取ることがあります。デング出血熱になった場合の死亡率は数%。解熱後、数ヶ月しないと抗体は上昇しませんが、確定診断には抗体検査が必要です。海外旅行後に原因不明の発熱があり、その後の抗体検査でデング熱にかかったという陽性反応が出た場合は、次の熱帯地域への旅行には、ある程度覚悟を決めてから行かねばなりません。


デング熱の予防接種・薬

デング熱には特別な治療薬はありません。多くの場合は、数週間以内に自然治癒します。

ワクチンによる予防接種は研究段階です。先に書いた通り、デング熱は2回目以降に別の型に感染すると重症化するという特徴を持っています。ある型に対してワクチンを打つことで、その型に対する免疫記憶ができます。次に別のウイルス感染した場合に一層重症化する可能性があるので、理論的にはすべての型に対してのワクチンを同時に打たないといけませんが、それでもデング出血熱を予防できるかどうかの確証がえられていません。


地球温暖化が進むと、日本国内でも熱帯病が流行る?

昔の日本の気候はわかりませんが、平清盛は源氏の祟りではなくマラリアで死んだと考えている人もいます。蚊が媒介する病気は、蚊の生息圏が変わると発生する地域が変わることも特徴の一つ。もし今のまま地球温暖化が進み、蚊の生息圏が広がると、日本国内でもマラリアやデング熱が珍しい病気ではなくなる可能性もあるのです。
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