2ページ目 【「自由の使者」を自認するアメリカ軍はいつまでイラクに駐留するのか?】
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【「自由の使者」を自認するアメリカ軍はいつまでイラクに駐留するのか?】
サダム=フセインの処遇問題(2)~サダムを殉教者にしてはならない
アメリカに対し従順で、キリスト教文明への抵抗もなかった日本でさえ、「東京裁判は誤り」と考え、アメリカに反発する人は少なくありません。いわんや、反米感情が大きく残り、キリスト教的文明を嫌悪する傾向のあるイラクで、彼を「処刑」でもしたら、大きな禍根を残すことにはならないでしょうか。
正確な情報が行き渡っている日本で松本智津夫を死刑にすることと、情報が一方的で偏向報道の多い中東でサダムを死刑にすることとは、わけが違うと考えた方がいいでしょう。
サダムは処刑されれば、一部の勢力の間で「殉教者」になってしまうでしょう。日本と違い、イラクは多宗教・多民族の複合国家です。サダムが「殉教者」になれば、のちのちの、大きな火種の元になることは容易に想像がつきます。
たとえばもし、今はなんとかバランスが保たれていますが、将来、少数派であるスンニ派勢力が圧迫(あるいは、そう感じる状況に)される状況になれば、「英雄」サダムの虚像は、人々に大きな影響を与え、武装闘争を駆り立てるでしょう。
そういった意味で、クルド人であるタラバニ新大統領の「サダム処刑反対」は、賢明な判断だと思います(クルドが受けたフセインからの弾圧を考えると、さらに。これは後半でご説明しますが)。
フセインは、あくまでイラク人が主体となって裁くべきです。今後、アメリカが今後どういう手段に出るのか、注目しておきたいと思います。
そろそろ「撤退」の時期にきているアメリカ
さて、次に大事なのは、「いったいアメリカなど有志国連合はいつまでイラクにいるのか」ということです。たくさんの外国の兵隊が銃をもって街中をうろうろして、イラク人に面白いはずがありません。今の「治安の悪化」といわれる事件も、多くがアメリカ軍がらみのものです(アメリカ軍関係者・協力者の拉致・殺害、アメリカ軍兵士へのテロなど)。
一方、いわゆる「スンニ派三角地帯」といわれる、スンニ派過激組織の勢力が強い、とされていた地域も、だいぶその抵抗は収まっています。今は、シリアの国境付近で、激しい戦闘が行われている感じです。
そろそろ、政治日程に「イラク撤退」を盛り込んでもいいのではないでしょうか。
アメリカ軍なら「撤退」しても十分イラク治安に関与できる
もちろん、イラク移行政府にも、アメリカにも、不安はあるかもしれません。ですから、完全撤退とはいいません。バグダッド近郊にひとつ、アメリカ軍基地を作る。スンニ派地域はここに近いので、ここを拠点に、いざとなったら出動する。アメリカ軍は、町中にうろうろいないで、ここに集結させる。
そして、ペルシャ湾に空母を用意。いざとなったら、精度の高い弾道ミサイルが打ち込めます。もちろん、海兵隊や、戦闘機も飛び立ち、武装勢力を2時間以内に空からじゅうたん爆撃で壊滅させられるでしょう。
それで、それが「暗黙の抑止力」になるはずです。この程度の「撤退」で、イラクの治安が急速に悪化することは、考えにくいと思われます。
なぜ、これだけのコストを払ってアメリカはイラクに駐留するのか
結局、アメリカ軍駐留の長期化は、反米感情はあおるは、テロの被害は出るはで、きわめて不効率な軍事作戦です。確かに、まだ中規模な武装組織があり、今のイラク軍では処理が難しいことは事実です。しかし、イラク人も愚かではありません。いや、そういうことを思うこと自体失礼きわまりない。なにせメソポタミア文明の頃からの長い長い歴史を持つ人々です。
ですから、細かな治安彼らにまかせ、中規模以上の軍事勢力に対するイラク政府への攻撃について、アメリカ軍が「威嚇」することで多少の安心の担保をとる。私が大統領だったらそうします。
ブッシュ大統領がそうしないのは、「アメリカ軍は自由の使者」と思いこんでいる(またはネオコンから吹き込まれている)ところによるものが大きいのでしょう。
「自由実現」をイラクで達成するまではテコでも動かない?
前の記事「ネオコン台頭で分裂する米保守」でも書かせていただきましたが、アメリカは必ずしも「石油」目当てでイラクと戦争して、居座っているわけではありません。それが、むしろ問題なのです。石油目当てなら、むしろ話は単純。ホワイトハウスが本気で「自由と民主主義を中東、そして世界に広める」と思っているから、話はややこしく、かつ問題なのです。「自由に挑戦するやつらは悪だ、みんな殺せ」
しかし、こうした「理念外交」こそ崩壊しやすいことは、歴史がいくらでも示しています。有名な現実主義国際思想家、ケナンが述べたように、「法律家・道徳家的アプローチ」は、独善的になってほんとうの「国益」を見失い、失敗するのが常なのです(詳しくは拙稿「ケナン先生に外交を学ぶ。」
ベトナム戦争も、共産主義から自由を守る「正義の戦争」でした。しかし、ひとりよがりの。ケナンも、現実主義者の代表、モーゲンソーも、それを批判しました。
結局、アメリカにも、ベトナムにも、大きな傷を残したのみで、ベトナム戦争は終結したのです。結局、ベトナムが社会主義になったとして、いったいどういうことがおこったのか、それはささいなことにすぎなかったことは、そのあとの歴史が証明しています。
中東に広がった「反米感情」をどうする
そして、イラク戦争によって決定的になったアラブ世界の「反米感情」への対応も、アメリカに突き付けられた問題の一つです。これをなんとかしないと、「大中東構想」「中東の民主化ドミノ」どころではありません。たまたま、レバノンからシリアが撤退したことで、ブッシュ大統領は喜んでいるようですが、これは、イラン戦争にかかわらずレバノン人の底流にあった反シリア感情からきたもの。
なにもせずに放っておくと、そのうち反米感情・民族感情が、自分たちの利益優先で親米に走り民主主義を圧迫している多くの中東政権を打倒する「親米崩壊ドミノ」が起こってしまうかも知れません。
これは、避けたいところです。アメリカの功罪はともかく、中東秩序はめちゃくちゃになるでしょう。そのために有効な手段は、やはりパレスチナ支援でしょう。これは、反米感情を和らげるのに役立つはずです。
パレスチナ人は、ひそかに、湾岸戦争の時にイスラエルにミサイルを打ち込んだサダム=フセインに好意を持っていましたから、イラク戦争にはとうぜん嫌悪感を示しています。
そんなパレスチナの支援を進んで行い、パレスチナ人の、そしてアラブ人の反米感情を沈めること。いちおうブッシュ政権も、そういう態度だけは見せますが、いまひとつ身が乗ってこない感じです。しかし、早期にこれを進めないと、中東における「負のイラク戦争効果」が進みかねません。
日本も、このリスクに備えて、パレスチナ支援に積極的になるべきでしょう。小泉首相がパレスチナに約束した1億ドルの支援、ずいぶん高いな、と思うかも知れません。しかし、中東が反米エリアになってしまったとき、「日本は違う」とみてくれる可能性もあるわけです(ちと楽観的ですが)。日本も、「政策ヘッジ」をしっかり考えるべきだということでしょう。
(photo by O&Cギャラリー(戦闘機写真))