(2005.04.09)

日本初のPKF(平和維持軍)を派遣はどうやら見送りになりそうです。しかし今だから、PKOとPKF、いったい何が違うか、そして日本政府はなぜPKFを送りたがっているのか、考えてみました。

1ページ目 【国連憲章では想定外だった、PKO・PKFの活動】
2ページ目 【冷戦後のPKOの迷走、そして古典的PKOへの回帰と進歩】
3ページ目 【安保理常任理事国入りには軍事貢献が不可欠と考える外務省】

【国連憲章では想定外だった、PKO・PKFの活動】

国連憲章になんの規定もないPKO

PKFの話をする前に、まず、PKO(国連平和維持活動)とはなにか、をしなければなりません。ところが、PKOの定義をしろといわれても、ちょっと難しいのです。

なぜなら、PKOの主体である国連の「憲法」である国連憲章には、一言も、PKOについて規定をしていないからです。

国連憲章は、今からみるとかなり楽観的な考えのもと作られたところがあります。国連憲章では、加盟国が「特別協定」のもと兵力を出し合い、「国際連合軍」を作って平和を守る、というシステムが採用されています(国連憲章第43条など)。

しかし、実際にはこの協定が結ばれていくことはありませんでした。国連創設後、こんどは米ソの冷戦が始まり、とてもそんなことができる状態ではなくなったからです。ということで、未だに憲章上の正式な「国連軍」は存在しません。

アメリカ軍などが国連旗を掲げて朝鮮半島の非武装地帯に駐留していますが、あれは「自称国連軍」であって、国際法的には単なる多国籍軍です。

必要に迫られて行われた初期のPKO

しかし、そうこうしている間に、紛争がおき、国連の平和解決能力が試されることになりました。その紛争が、イスラエル・パレスチナ紛争(第1次中東戦争)であり、インド・パキスタンの紛争(第1次印パ戦争)でした。

国連は1948年に勃発した第1次中東戦争の停戦を関係各国に呼びかけ、停戦された後、その停戦監視のため「国連パレスチナ休戦監視機構(UNTSO)」を設置、停戦監視を国連活動として行うことになりました。

また、1949年に発生した、カシミール地方の帰属をめぐる第1次印パ戦争においても、国連が停戦を提案し、停戦合意後に、「国連インド・パキスタン軍事監視団(UNMOGIP)」が設立され、停戦監視にあたることになりました(カシミール紛争については、拙稿「インド・パキスタン関係基礎知識」をご参照下さい)。

こうして、国連が仲介役となって紛争の停戦を実現し、その後の停戦監視を行ってその地域の平和を監視するという形で、PKOがはじまり、その活動の積み重ねによって、PKOとはこういうものだ、というものができていくことになります。

PKF(平和維持軍)の始まり

しかし、これら初期のPKOでは、第三国の軍人が停戦監視に個別に参加することはあっても、部隊としての参加はありませんでした。その、軍事部隊がPKOにはじめて参加したのが、1956年の第2次中東戦争でした。

これは、エジプトのナセル大統領が、スエズ運河を一方的に国有化宣言したことに端を発します。運河に権利を持っていたため、これを主権の侵害ととらえたイギリスとフランスは、イスラエルと結んで、エジプトへの軍事作戦を開始します。

しかし、国際世論の反発、ソ連だけでなくアメリカの反対もあり、エジプト侵攻三国は停戦に合意します。その際、国連は第三国の部隊で構成された「第1次国連緊急軍(UNEF:1)」を創設、運河地帯とシナイ半島に展開します。

これが、いわゆるPKFのはじまりといっていいでしょう。

PKO原則の確立

こうして、冷戦によって機能不全となった安全保障理事会を軸にした憲章上の集団安全保障体制に代わり、あるいは補完的な意味で、PKOが、展開されていくことが増え、PKO原則も確立していきます。

それはつまり、
・当事者間の合意に基づく
・停戦、休戦後に展開する
・PKFは、必要最小限の装備で展開され、専守防衛に徹する
このようなことです。

そしてこれは、憲章第6章の「紛争の平和的解決」と、第7章の「平和破壊に関する行動」の間に位置するものであるといわれ、しばしば「6章半活動」とよばれたりしています。

冷戦終結でひろがった地域紛争

さて、1991年に冷戦が終結し、国際平和が実現するという、これまた楽観的な見方が広がりましたが、それはすぐ打ち消されました。米ソのタガが外れた地域で、地域紛争が次々に起こることになります。

その代表例が、湾岸戦争であり、旧ユーゴ内のさまざまな紛争(クロアチア独立戦争、ボスニア内戦、コソボ紛争)であり、ソマリア内戦であったりするわけです。

こうして、90年代以降、PKOの活動は急速に増えていくことになります。それにともなって、PKO活動を変えていくことが、試みられるようになりました。それについては、次ページからお話したいと思います。