(2002年1月21日)

1ページ目 【インドとパキスタンは「同じ国」だった】
2ページ目 【50年間もめつづけ、カシミール問題】
3ページ目 【第4次印パ戦争は起こるか?】

【インドとパキスタンは「同じ国」だった】

アフガン戦争が収束に向かいつつある今、新たな「世界の火薬庫」として注目されているインド・パキスタン関係。《←ふつう略して「印パ関係」といいます。ここでも以後そう記します。》

もともとこの両国、同じ国でした。いや、正確にいうとバングラデシュをふくめた3つの国は、同じ国だったのです。

インドは近代以降ヨーロッパ諸国による支配・植民地化が進み、19世紀からはイギリスがほぼ全土を支配するようになりました。イギリスが支配していた「インド」の範囲は、今のインドだけでなくパキスタンやバングラデシュ、一時はミャンマーまでが含まれていました。

イギリスによるインド支配は、第2次世界大戦でのイギリスのはげしい消耗によって、終わりを告げることになりました。インドからイギリスが撤退し、インドは独立することになったのです。

その際、以前から深刻だった多数派・ヒンドゥ-教徒と少数派・イスラム教徒の対立が激化。その結果、「インド」は両教徒によってわかれて独立することになったのでした。

つまり、イスラム教徒はインドの東西にパキスタンという新国家を建設します。パキスタンとはイスラム教徒が多くすむ地域(「シンド」「アフガン」「パンジャブ」「カシミール」「バルーチスターン」)を合わせた新語です。パキスタンは「インド」のイスラム教徒によって作り上げられたまったくの人工国家として、誕生しました。

このときインド・パキスタンの間で起こったさまざまな衝突(多数の難民が生まれ、また衝突による両教徒の犠牲者も相当の数がいるようです)により両国の関係は極度に悪化。独立以降70年代までに3度も戦争がぼっ発。ここ30年ほどは戦争がないものの、非常に険悪な関係が今日まで続いてきています。

この両国、なぜこんなに仲が悪いのか。次のページで、険悪な印パ関係の決定的な背景、「カシミール問題」について解説していきましょう。