(2005.03.05)

京都議定書基礎知識、パート1では地球サミットの開催から締約国会議=COPの開催までを見てきました。今回パート2ではいよいよCOP3、京都議定書が採択された京都会議の交渉プロセスを見ていきます。京都会議でなにが決められたのでしょうか?

1ページ目 【京都会議に向けグループ分けされる各国とその主張・作戦】
2ページ目 【大・大・大紛糾、でもなんとか成功した京都会議】
3ページ目 【京都会議から発効までこれだけ時間がかかった原因とは】

>>パート1はこちら

【京都会議に向けグループ分けされる各国とその主張・作戦】

●こちらも要チェック! 政治についての基本知識と基本用語

先進国サイドの動き

COP3の前夜になると、より鮮明に国別グループが形成されていくようになりました。その動きを見てみましょう。

EU(ヨーロッパ連合) パート1でも見た通り、EUはかなり強気なCO2の90年比15%削減という提案をしてきました。これは、東欧との共同実施(JI)という連携によって実現可能と見ていたからです。

しかし、他の先進国とも協議するうち、これはちょっとむずかしいかな、という印象も持ちはじめました。特に原発の多いフランスは15%削減は無理といいはじめました(原発はCO2を出しませんからね。フランスの原発依存度は75%と他国を圧倒しています)。

これにイタリアも同調しはじめ(イタリアは工業化の遅れている南部のために極端なCO2削減はしたくない)、京都会議では、多少の割り引きが必要かな、と思われはじめていました。

JASSCANNZ これは、アメリカを筆頭に、日本、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、スイスといった非EU先進国です。彼らはCO2削減では一致していましたが、EUのような高い目標は避けようと考えていました。

ただ、石油消費の多いからCO2削減が難しいアメリカ、省エネが進んだからこれ以上CO2削減の余地なしとする日本、森林資源の多くCO2の吸収源ですよウチはというカナダ、石炭輸出が多くCO2削減なら商売あがったりだよと言うオーストラリア、もともと空気のきれいなスイスなどなどで・・・

彼らがかかえる背景はEUほど一致してなく、団結力はそれほどではありませんでした。しかし、いつのころからか「JASSCANNZ」と一括で呼ばれるようになっていました。

JASSCANNZは急進的なEUと、消極的なロシア、G77+中国との掛け橋的な存在になるだろうという期待もされていました。

ロシア ロシアを先進国に入れていいのかどうかはともかく、はっきりいって経済復興で手一杯でとても気候変動どころではなかった国です。

しかし、経済停滞の「おかげ」でCO2排出量は90年から30%も減っています。これを考えれば、削減目標を作られても余裕があります。

排出量売買が決まれば、CO2排出量が激減しているロシアは、あまった排出権を売って儲けられます。それなら国際社会、特にクリントン政権のアメリカに恩を売ろうというわけで、削減目標設定には基本的には賛成の立場でした。

途上国サイドの動き

G77+中国 発展途上国連合は、自分たちの経済発展のためには、CO2削減は受け入れられないという考えで一致していました。工業化=CO2排出増になりますからね。

削減すべきは今までさんざんCO2を排出して自分たちを植民地支配してかつ今なお自分たちより高い生活レベルをおくってきた先進国にあるということです。

ただ、COP2までは、この内部に対立がありました。石油輸出国は、先進国がCO2を削減するために、自分たちから石油の輸出を減らすことを恐れていたのです。

OPEC OPEC(石油輸出国機構)は、発展途上国での石油輸出国グループです(サウジアラビア・UAE・クウェートなど)。彼らはさきほどの理由で、しばしばG77+中国と、対立することがありました。

しかし、COP3に向けて、両者は和解します。両者が一体となって、先進国からなんらかの「補償金」を受け取る戦術をすすめることで合意したのです。これが実現すれば、OPECの輸出減リスクが、何とか解決されることになるわけですから(→これがどうやら、「ブラジル提案」になったようです)。

AOSIS 小島嶼国連合のことです。つまりモルジブとか、オセアニアのバヌアツとかソロモン諸島のような、小さな島国でしかも領土のほとんどが海抜数mといった国々です。

彼らは、温暖化に伴う海面上昇の被害をもろに受けるわけです。海面上昇0.5mでも領土が減ってしまいます。だから会議にかける深刻さが違います。彼らは先進国に90年比20%のCO2削減を要求していました。

もちろん自分たちでは何もできない。お金もないし、自分たちでCO2削減したところで地球規模では影響ほとんどないし経済は悪くなるしで。経済同様、先進国頼みなのが弱点です。しかし、先進国が一番に話を聞いてあげなくてはならない国々でもあります。

京都会議は大紛糾

こんななか、事前交渉を経て、1997年12月1日、COP3京都会議が、日本代表大木浩環境庁長官を議長として、始まったのです。

大紛糾した京都会議は予定を1日延長し、最後は徹夜の交渉をして、なんとか京都議定書採択までこぎつけました。12月11日午後、疲労困憊した顔で大木長官が " decision!(決定)" と言って木鎚を降りおろし、無事閉会したのでした。

では、何が京都議定書で決まったのでしょう。次ページで見ていきましょう。

※誤JASCANZ→正JASCANNZですね。すみません。