【イスラム教と女性】

イスラム教社会といえば「男尊女卑」、女性が虐げられているイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。

しかし、聖典『コーラン』を読むと、意外とそうでもないのです。たしかに男性上位の記述もあるのですが、「アッラーは、男の信者にも女の信者にも,川が永遠に下を流れる楽園に住むことを約束された。」(コーラン第9章)などという表現もあり、基本的に男女不平等がつらぬかれているわけではありません。

しかもキリスト教と違って離婚が可能。そのときの男性の義務(「親切にして別れる」「マハル(結婚する時準備される資金)の分与」など)がきちんと定められているところはむしろキリスト教よりも親切といえるでしょう。

それに「女性はベールをまとえ」とは書かれていても「女性は仕事をするな」なんてことは書かれていません。人口の90%以上がイスラム教徒であるインドネシアの大統領が女性(メガワティ氏)で、誰もなんともいわないわけですよね。

ではなぜ多くのイスラム教社会は「男尊女卑」社会なのでしょう。

これは現代の中東や西アジアの「貧困」が大きな原因のような気がします。傾向として、民主主義が定着していない貧困地域では、女性や子どものような弱者の健康や権利がないがしろにされることが多いといわれます。日本でもたった70年前に貧困農村地域で堂々と「女子売買」の広告がはり出されていたことはやっぱり教科書にも出ている有名な話です。

ノーベル経済学賞を受賞したインドの経済学者アマルティア・センは、こうした地域であきらかに女性の生存率が低いことを統計的に指摘、「消えた女性たち」がたくさんいることを明らかにしています。しかもこのような女性たちは中東だけではなく、インドや中国にもたくさんいるということです。

もっとも、サウジアラビアのように石油がとれて比較的豊かな地域でも男尊女卑の傾向があることは見逃せません。産油国の多くは王族が支配する独裁政治がしかれており、人権意識がうすいことがその背景にあると思われます。

いずれにせよ「イスラム教は男尊女卑を肯定している」「男女の不平等はイスラム教で決まっているのだからしょうがない」という主張は、いずれも正確なものではないわけです。

だいたいあのアメリカだって100年前は女性は家庭に入り子どもを育てるものという考えが一般的だったわけです(女性参政権は1920年代から)。貧困の解消と男女同権意識の普及はなにもイスラム教社会だけに限らない(日本だって十分ではないでしょう)、全人類のが抱えるべき課題の1つといえるでしょう。

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