そんな経緯でこの家の頂は、家族の集う場所=プレイルームとなったわけです。それがある1階の「主空間」の広さはハンパではありません。どこに立っても、端から端まで見渡せる。対角線が通しで見られるように設計されています。それは横だけでなく、縦の広がりをも生む。まるで映画のカメラがパンしていくように、視線がどんどん広がっていくような感じなのです。
視線はテラスから庭に抜け、ハイサイドライトから空に抜け、ダイニング側の大開口部から海に抜けていきます。土地を最大限に活かすという矢板さんですが、それはこの無駄や贅肉のまったくない空間を見てもわかります。ここにたどり着くまでに書いたプランはおよそ100案という話も、納得させられてしまいました。
また、建て主である林さんの「素材として木を生かす」という要望に沿った木造部分(最上階の1階部)へのこだわりもハンパではありません。
「木造部分の仕上げとなるカラマツには、塗料をかけながら何度も拭き取って、何種類も色を試しながら一番ここに合った色に仕上げていきました」(矢板さん)。住宅の設計とは竣工する日まで最善のものは何かを探し続けることだという言葉が真実味をもって聞こえます。
ところで矢板さんが建築プロデューサーの大内さんと組んだのは、これが初めて。大内さんは林邸の設計にどうして初めての矢板さんを持ってきたのでしょうか。大内さんは言います。
「林さんのこの土地を見たとき、ここには何かスケールの大きなものを建てたいなと思ったんです。それで大規模集合住宅や商業施設などの大きなものをしっかり建ててきた実績のある矢板さんを選びました。だからこの家は、部屋をひとつずつ組み合わせてつくったのではなく、全体を俯瞰するようなスケールの大きな住空間になっているでしょう?」
いっぽうの矢板さんは、大内さんと組んだ印象を次のように語っていました。
「いまはまだ、日本の一般の建て主と建築家との間には大きなギャップがある。建築を理解するという意味でね。建築って、図面が引けるとかそういう技術的なことだけじゃなく、きわめて人間学的な勉強が必要なんですが、それは建て主さんにはなかなか難しい。だから大内さんのような、建築を知るプロデューサーがいて、その人を介して建築家に依頼するというのはいいことだと思う。いまの時代に必要な職種かもしれませんね」