建築プロデューサーに依頼した家づくり
小田急線の梅ヶ丘駅から歩いて7分。閑静な住宅地(一帯には建築家の作品が多い!)の、奥まった一画に「橡の家」はあります。30代DINKSの若夫婦が、建築プロデューサーの朝妻義征さん(ベースメント)に依頼し、archi+air(アーキエア)の設計で建てたこの家は、外壁が日本の伝統色である「黒橡色(くろつるばみいろ)」をしていることから「橡の家」と名づけられたそうです。
たしかに道路面から見ると、一枚のモノリスのような黒橡色の壁が自己主張をしていますが、側面から見ると、ほぼ全面が不透明なガラスの壁。明るいのはいいけど、ちょっと暑いのでは?と案じられるような造りです。
ガラス面側のエントランスから中に入ると、駐車場の奥にかなりのスペースの個室があります。ここは何?と覗いてみてビックリ。防音壁を張りめぐらせたスタジオでした。聞けば、建て主さん夫婦はどちらもアマチュアのオーケストラに所属するホルン奏者だとのこと。なるほど2人で心おきなく練習できる家をというコンセプトがあったわけですね。ここなら時間を気にせず、いくらでもホルンの練習に没頭できそうです。この部屋の奥には、使いやすそうなバスルームがありました。
光の縁側、そしてくつろぎの畳の間
ガラスの壁面に沿って設えられたスチール製の階段を使って2階に上がると、いきなり階段の突き当たりがキッチン(意外!)、あとは一部に3階への吹き抜けを持つ畳敷きの大広間になっています。
この広がりは何でしょう? 横一列に並べられた畳敷きの間はまるで武道の道場のよう。ホルン奏者のイメージから来る洋式の生活空間を想像していた私は、軽くいなされた感じ。ガラス面の多い建物という外観のイメージとも微妙に違和感があります。しかし、なんというか、この「ズレ」がけっこうおもしろい。この大広間には上がり框があってキッチンからすこし高い床面になっているのですが、キッチンと階段&廊下部分を土間と考えると、ここで履き物を脱いで“上がる”という感覚なのでしょう。
見ると、畳の間を板張りの床がぐるりと囲む形になっていて、光の降り注ぐ階段室との境(上がり框)が縁側のようになっている。この空間に入るときは裸足になって、心の殻も脱ぎ捨てて、思いきりくつろげそうな気がします。内壁が外と同じ黒橡色なのも、階段室の明るさと対照的でなかなかGOOD。なんだかテーマパーク内につくられた、展示物としての「道場」にいる気分ですね。ちなみに、ガラス面の内側にはプラスチック製の不透明なボードが張られていて、住宅密集地に立つこの家を周囲の視線から守っていることがわかりました。
都市における家づくりのひとつの“解”
そして3階。ここはロフト感覚の主寝室です。吹き抜け部分から階下の畳のリビングが望めます。そのぶん高さを感じますし、空間的な広がりも感じられます。建物の中にいるのですが、まるで高台から室内を眺めているような感覚ですね。ここは片流れの天井が手の届きそうな位置まで下がってきていますが、杉板がきれいに張ってあるため、気持ちがいい。思わず深呼吸をしたくなってしまいました。
階段室の上の屋根に近い部分には風抜きの開口部と扇風機がつけられ、熱を外に放出する仕組みになっています。「これで暑さはかなり逃がせるはず」と朝妻さんは言われていましたが、暑さに弱い私などは夏の間だけは下の畳の部屋に「逃避」してしまうかも…。しかしながら、密集地ゆえ大きな開口部がとれないという問題を、不透明なガラスの大階段室をつくることでクリアした「橡の家」は、これからの都市における家づくりにひとつの方向性を示した住宅建築の“解”といえそうです。
■プロデュース:ベースメント
■設 計 :archi+air
■施 工 :大原工務所
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ベースメントのプロデュースで建てた白い家