ウエスタン北山珈琲店の写真
ウエスタン北山珈琲店は上野駅から歩いて5分。黄色い「KITAYAMA COFFEE」の日よけが目印。

昭和40年代から続くコーヒーの名店

珈琲好きの人々の間でよく知られている老舗、ウエスタン北山珈琲店は、ご家族で営まれている小さな名店。ご主人が取材を苦手としており、「テレビで放映された自分の姿を見ると冷や汗が出るばかりで、もうこりごりだと思いました(笑)」と、メディア掲載を避けてこられたのだが、今回は幸いにして気軽に応じていただくことができた。

お店の扉には「事務、読書、商談、その他待ち合わせ等、珈琲を味わう事以外でのご入店はおことわり致します」という貼り紙。
初めての人はおそらくここで一瞬たじろいでしまうと思うのだが、ご主人は穏やかで優しいお人柄。お話をうかがうと、注意書きを貼らずにいられない理由がよくわかる。

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「当店は珈琲を飲む為だけの店です」という貼り紙がお店の姿勢を物語ります。

珈琲は主客それぞれの想いで昇華する

ご主人は大手コーヒー会社勤務後、昭和40年代初頭に独立開業した北山斗見之さん。一杯の珈琲にいのちを吹きこむには、店主とお客さまの双方の力が必要だと話してくださった。

「私が一生懸命がんばれば、おいしい珈琲はできます。でも、それ以上に昇華させることはできない。お客さまが『おれのために最高の仕事をしろ』という念力を送ってくださったら、それが私の念力と合わさって、初めてどーんと凄みのある珈琲ができるのです」

この言葉で、貼り紙の理由がおわかりいただけたでしょうか。店主はただただ、一杯の珈琲がどれだけ昇っていけるかを追究したいのだ。「今日は仕事の打合せが目的だから、珈琲にはこだわらない」という場合は、その用途にふさわしいお店を選べばいい。

それじゃ北山珈琲店では、いったいどんな顔をして待っていればいいの?!…と困惑してしまう人もいるかもしれない。でも、どうぞご安心を。ごく普通に「おいしい珈琲が飲みたいなあ」と思いながら、静かに座っていればいいのだ。この日の午後も、珈琲好きらしい若いカップルがテーブル席でにこにこしながらお店自慢の【Aセット】と【Bセット】を楽しんでいた。

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【Aセット】 1杯目はオールドウエスタンブレンド、2杯目は小さなショットグラスで供する雫(しずく)ハーフサイズ。

おすすめの「Bセット」は秘蔵の熟成豆を使った「雅」と「雫」

珈琲好きの方は、ぜひ思いきって入魂の【Bセット】(2500円)をお試しください。とびきり濃厚なホット珈琲「雅」と、冷たい「雫」のひとくちサイズという北山珈琲店の魅力を凝縮した組み合わせが堪能できる。

一杯目の「雅」は、ワインのようにコーヒー豆を大切にねかせて15年以上熟成した豆のブレンドを、丹念なネルドリップで供する。深煎りの苦みと熟成豆のまろやかさ。ずっしりした重量感をもって迫ってくるボディ。この濃厚な衝撃をしっかり受け止めて楽しむには、前半はブラックで、後半は砂糖とクリームを加える飲み方がいいと思う。北山さんもそれを推奨していらした。

「ブラックでなければ邪道、という固定観念にとらわているとつまらないでしょう。まずい珈琲に砂糖を入れるとよけいにまずくなるけれど、濃くてうまいブレンドに入れると面白いですよ」

そして二杯目が、珈琲を飲み慣れた人にも初心者にもおすすめしたい「雫」。少量の甘く冷たく濃厚な珈琲の上に、上質の生クリームを浮かべている。運んできた奥さまが「唇でクリームを押しながら珈琲をお飲みください」と、飲み方を教えてくださった。リキュールを大切に味わっているような幸福感。

【Aセット】(1500円)はこの「雫」と、やや薄めに抽出した「オールドウエスタンブレンド」の組み合わせ。

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オーナーの北山斗見之さん。

ロイヤルコペンハーゲンなどのカップが並ぶカウンター奥の壁は、みごとな手彫り。お店のファンが内装やケトルのオブジェなどを手作りしてくださったそうだ。

お客さまのなかには著名な方々もいるけれど、「ご利用は30分以内でお願いします」のルールは平等に適用されるという。この店内では、珈琲が唯一の主役。

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焙煎は息子さんが担当。4人がけのテーブルが2席とカウンターだけの小さな店内は、珈琲豆の袋でいっぱい!

珈琲の味は解説はしない

カウンターの上には焙煎した豆がガラスのジャーに入って整列しており、購入することもできる。100gよりも200g購入したほうが大サービス価格となる。
モカは3種類。、「アラビアンモカブレンド」(100g…1000円/200g…1500円)、「モカデラックス」(900円/1300円)、「カファモカ」(800円/1000円)。

購入しようと思って3種類の違いを訊ねると、ホール担当の奥さまが産地だけを説明してくださった。「味のとらえ方は人それぞれ。先入観を与えてしまってはいけないから」と、解説を避けているそうだ。

「ただ、会社でたくさん飲まれるんだったらカフェモカ、ご自分のためや贈りものとして買われるのでしたらアラビアンモカをおすすめしています」と奥さま。

「飲む前に、その珈琲について能書きを話されると、たとえまずい珈琲が出てきてもおいしいと思っちゃうでしょう」とご主人が言葉を添えると、奥さまが名言を。

「ですから、お店ではマスターと話さないでください。できた珈琲とお話しください、とお願いしたいんです」

このお二人、絶妙のコンビネーションですね。真摯な珈琲愛に溢れる優しい北山さんと、聡明な奥さま。私はアラビアンモカを200gいただくことにした。

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「三歳の頃からハンドピックをして遊んでいた(笑)」という靖議さんとともに。「一代限りと考えていましたが、息子が店を受け継ぐと言うんです」

すべては珈琲のために

「店を受け継いでくれるという息子には、自分の体がカップの中に入り込んでしまうくらい迫力をこめてドリップをするよう教えているところです」
珈琲のおかげで自分はこの世の中に存在させてもらっているのだから、感謝をこめて珈琲を淹れている、と北山さん。

「趣味ではなく仕事として珈琲を選んだことで、使命感のようなものが生まれました。珈琲の仕事しかできない、というところまで自分を追い込んでね。でも、こういう話は若い人たちにとっては重いでしょう。私は馬鹿なんです」

珈琲馬鹿ということでしょうか、と確認すると、「いえ、珈琲が付かなくても、馬鹿なんです(笑)」

インテリアにお金はかけられないし、お客さまのニーズも研究していない。すべてにおいて自分が信じる珈琲の味を優先。この場所が自宅だから長年続けてこられたようなものだと北山さんは謙遜なさるが、こういう真摯なお店こそが日本の珈琲の宝物だと思う。

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ピアノの上には、カウント・ベイシーの頭像と、エイジングした生豆の見本が並んでいました。

じつはウエスタン北山珈琲店は、私がはじめて「酸味の美しさ」に開眼した記念すべきお店。10年前に友人と二人で訪れて、酸味と苦味のバランスのとれたブレンドと、苦味の強いブレンドをそれぞれに注文して飲み比べてみたら、おいしい酸味とはどんなものかが、くっきりと理解できたのだ。

近年脚光を浴びているスペシャルティコーヒー専門店は、花々と果実をブーケにしたような香りの魅力を楽しませてくれる。いっぽう、昔ながらの珈琲の最良の部分を追究した珈琲店は、独特の丸みを帯びた濃厚なコクを満喫させてくれる。

そのどちらも自由に選ぶことのできる現在の私たちの喫茶環境は、なかなか快適になってきたのではないでしょうか? それぞれの道で努力を重ねてきた人々をリスペクトしつつ、そんなことを考えた。

WESTERN北山珈琲店 menu

Coffee

[ブレンドコーヒー各種] ※砂糖・クリーム付き
雅(15年以上熟成豆だけのブレンド)…2000円
オールドウエスタン(5~15年ベースのオールドビーンズ)…1000円
カッファ …850円

[ストレートコーヒー各種] ※砂糖・クリームは付きません。
ブルーマウンテン No.1(熟成9年) …2500円
インド マハラジャスペシャル(熟成15年)…1500円
グルメモカ(イエメン産最高級品)…1300円
ブルボンサントス(熟成5年)…1000円
マンデリン …900円
ペルー …900円

[セット]
Aセット(オールドウエスタン(ほんの少し軽め)+雫ハーフ)…1500円
Bセット(雅+雫のハーフ)…2500円

Bread
バタートースト …280円
シナモントースト …350円

shop data

ウエスタン北山珈琲店(ウエスタンきたやまコーヒーてん)
【住所】 東京都台東区下谷1-5-1
【TEL】 03-3844-2822
【OPEN】 12:00~20:00(LO 19:30)
【CLOSE】 月曜日
【MAP】 Yahoo!地図情報
【最寄り駅】 JR「上野」駅入谷口より徒歩5分。線路沿いを北(鶯谷方面)へ進み、交差点の角。

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