エスプレッソ・カウボーイ
「さまざまな役割のバリスタたちがいて、時給なんて本当に安いんだけど、みんなパッションを持って働いていますよ」
いきいきと語る田中さんの姿から、ニューヨークのコーヒー・シーンを支える人々の熱気や刺激、信頼で結ばれた仲間意識が伝わってきます。彼らはどうすればさらに素晴らしいコーヒーが出現するのか、自分や仲間の技術が向上するか、街の人々に魅力を伝えられるかといったことで、日々、頭がいっぱいなのでしょうね。
「誰にとってもおいしいコーヒーというものは存在しないんです。おいしさは味わう人が育った環境や文化によって異なるものだから。フランス人が「チーズ」と表現する香りを、僕は「豆腐の匂い」と感じたりします。BEAR
PONDでは『これがニューヨークのエスプレッソです』ということを伝えられたら、それでいい。失敗したらニューヨークに帰ります(笑)」
人生は服のようなものだと考えているんです、と田中さん。
「動き回ればシワもできるし、どんどん汚れていきますが、それでいいじゃない」
たしかに、服が汚れるのを恐れてじっと座っている人生は、味も香りも乏しそうですね。
スペシャルティコーヒーはフレンチプレスで抽出。
「テクニック不要」で知られるプレスも
プロには独自のテクニックがありました。
エスプレッソの芳醇なアロマに誘われて、軽やかに世界を駆けめぐる田中さんは、まるでエスプレッソ・カウボーイ!…と言ったら、アメリカ西部にはプレス式のコーヒー抽出方法で「カウボーイ・プレス」というものがあり、馬の蹄鉄を重しに使うと教えていただきました。
それにしても、田中さんが一杯のエスプレッソにかけるパッションを支えるものはいったいなんでしょうか。質問してみたのですが、逆に聞き返されてしまいました。
「川口さんだって、そのパッションは?(笑)」
世界のどこかにパッションの泉が湧きだしていて、人々の胸から見えないチューブが伸び、みんなその泉とつながっているのかもしれませんね。自分でメンテナンスしないと、たまにそのチューブが詰まったり、ひび割れたりしてしまうのですが。